リスクは将来の危うさ加減を表すモノサシ~事故発生は不確実も、リスクの大小は評価可能~

[2018年9月18日火曜日]

 ”リスクの伝道師”山崎です。この度の関西地区でおきた台風災害と北海道で起きた地震災害により、お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りするとともに、ご遺族の方々に謹んでお悔やみ申し上げます。また、被災された多くの方々に心よりお見舞い申し上げます。本ブログでは、毎月食の安全・安心に係るリスクコミュニケーション(リスコミ)のあり方を議論しておりますが、今月はこれら天災のリスクも考えるうえで重要な、「リスク」とは何だろう、「安全」とは何だろう等々、原点に帰って「リスク学」の基本について解説するとともに、それを踏まえたうえで食のリスコミのあり方についても議論したいと思います。

 「リスク(risk)」が「危険(danger)」だと勘違いされる方がおられるが、「リスク」は「危険」ではない。「危険」というと、たとえば地震がきたときに建物が倒壊したらこれは「危険」だし、自転車運転中に走行中のトラックと衝突して交通事故になるとこれは「危険」だ。すなわち、災害や事故が起こって、人災や被害が発生することは「危険」だが、「リスク」はあくまで「将来の危うさ加減」を測るモノサシであって、実際「危険」かどうかは不確実性をともなうものだ。明日地震が起こって災害に遭うかどうかはわからない(不確実だ)が、日本国内で耐震構造でない建物の中に暮らすことは、将来の危うさ加減を評価すると、耐震構造の家に住んでいる方と比べると「リスク」が大きいと言える(「危険」に遭遇する確率が高いうえに、その「危険」も重篤度が大きくなる可能性が高いと評価できる)。

 だから、もう何十年もこの家に住んでいて地震などの災害にあったことはないのだから、これから将来にむかってもずっと危険な目に遭うことはない、安全なはずだと考えるのは早計なのだ。阪神淡路大震災が起こるまでは、まさか関西地区でこのような大地震が起こると予測できなかったため、将来の危うさ加減(リスク)を小さく見積もってしまったことにより、被害を大きくしたものと思われる。東日本大震災においても、まさか15mもの津波が来るとは思っていなかったことにより、リスクを小さく見積もってしまったことで逃げ遅れが多数発生した。

 地震大国日本に住んでいる限り、いくらこれまで大きな災害に遭ったことがないとしても、これから将来にむけて、もし大きな地震/津波が発生したら、自分たちはどのくらいの危険(頻度と重篤度)にさらされる可能性があるのかを見積もること、すなわち「将来の危うさ加減」であるリスクをいま評価することが重要だ。筆者の実家である広島市安佐南区は4年前に土砂災害の被害に遭い、多数の犠牲者を出したが、筆者がそこに住み始めてから40年間、あのような土砂災害が発生したことは一度もなかった。だが広島市によると、被災したエリアは元々土砂災害のリスクが高い地域とハザードマップ上には示されていたとのこと、「そのような話は一度も聞いたことがない」と近隣住民が抗議しても手遅れであり、唖然とするしかない事態であった。

 土砂災害のリスクがどの程度大きいのか、そのリスクの大小を評価するには、国内での似たような地形・地質・天候のエリアにおける過去の事故事例を分析することで予測が可能なはずであり、地域行政がそのリスク評価結果をハザードマップに反映して、それを地域住民にどのように伝えておくかが重要だ。実際、広島市での土砂災害や岡山県倉敷市での水害においても、ハザードマップ自体は用意できていたにもかかわらず、住民へのリスコミが十分機能しなかったのは、社会心理学的な「正常性バイアス」が住民の意識に存在することが、重要な一因であろうと本ブログでも考察したところだ

◎正常性バイアス:「まさか自分が死亡リスクに当たるとは」
 ~リスコミ失敗の一因はリスク認知バイアスにあり~[2018年7月18日水曜日]

 http://www.nposfss.com/blog/normalcy_bias.html

 地震や台風/豪雨が起ったとしても、すべての地域住民が被害に遭うわけではないし、ある意味ほとんどの住民は避難しなくても助かっているのが現実だ。だからこそ、自分だけは死亡事故に遭わないに違いないという「正常化バイアス」が発生するわけで、被災した方々は運が悪かっただけだと考えてしまいがちになるのだろう。これもすべて災害や事故の発生が不確実であり、ハザードマップ上で同じレベルのリスクエリアに住んでいたにもかかわらず実際被害に遭わなかったのは、むしろ運がよかったと考えるべきなのだ。もちろんリスクが比較的大きかったとしても、自分がそれを許容するか回避するかは本人の選択の自由だが、それが地震・津波・土砂災害など死亡に直結するようなハザードであれば、発生確率がかなり低いとしても、重篤度の面で相当大きなリスクなわけで、回避すべきリスクかどうかは正確に知りたいところだろう。津波のリスクの大きさを正確に理解したうえで、高台に避難しさえすれば確実にこのリスクを回避できるからだ。

 たとえば、たばこの喫煙習慣の健康リスクについて、国立がん研究センターの「がん情報サービス」によると、「がんを予防するためには、たばこを吸わないことが最も効果的です。日本の研究では、がんになった人のうち、男性で30%、女性で5%はたばこが原因だと考えられています。また、がんによる死亡のうち、男性で34%、女性で6%はたばこが原因だと考えられています。現在吸っている人も、禁煙することによってがんのリスク(がんになる、またはがんで死亡する危険性)を下げることができます。」とある:

◎たばことがん もっと詳しく知りたい方へ(国立がん研究センターがん情報サービス)
   https://ganjoho.jp/public/pre_scr/cause_prevention/smoking/tobacco02.html

 ただ、このリスク情報だけでは、発がんリスクがかなり大きいと感じない喫煙者も多いのではないか。「がんの原因として喫煙以外がまだ7割もあるのか・・」とか「ヘビースモーカーでもがんにならない人もたくさんいるじゃないか」などと、喫煙者でがんを発症した方々は運が悪かっただけで、不確実性のある確率論だけでリスク評価をしてしまうと、がんが死亡に直結する疾病であるという重篤度の大きなリスクを見逃しているように思う。同「がん情報サービス」によると、もし30歳の頃に禁煙を開始したとすると、喫煙を継続した人に比べて寿命が約10年延びるとの試算がされている。この発がんリスク低減に関する有用な科学エビデンス情報を目にすると、自分の人生の中で10年という年月は決して短くないので、だとしたら自分にとって喫煙をつづけることのベネフィットを放棄することも賢い選択なのかもしれない、と受け止める喫煙者も多いのではないか。

 2011年に福島原発事故が起こったことで、放射線被ばくによる健康リスクについて学ばれた方も多いのではないかと思うが、その際に「たばこの喫煙習慣とほぼ同じ発がん死亡リスクの放射線被ばく量は約1000mSv(ミリシーベルト)」という話をきいて、リスクのものさしのインパクトを痛感したことをいまも鮮明に覚えている。原発事故のため自主避難した住民が、福島県に帰還すべきかどうかという被ばく量が年間1mSv~20mSvあたりで激論をしている政治家の方々が、もし喫煙習慣があるとしたら、これは本末転倒というべきリスク感覚だろう。そのくらいたばこの喫煙習慣は健康リスクが大きいということを認識したうえで、これを許容するのか回避するのかを選択していただきたいと思う。若干話題はずれるかもしれないが、受動喫煙のリスクに関しても上述の「がん情報サービス」を参照していただいたうえで、喫煙OKの店舗を認めてしまうと、そこで勤務する従業員さんたちが受動喫煙の発がんリスクを回避する手段がないことも公衆衛生上の大問題と認識すべきだろう。

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 ここまで自然災害や喫煙といった比較的死亡リスクの大きなハザードについて議論してきたが、食のハザードに関して健康リスクはどの程度なのだろうか。筆者が一般市民向けに講演をする際には、いまの日本で食品中の健康リスクが大きいものはどれと思うか、第1位から第3位まであげてみてくださいと、右図の通り質問するようにしている。

 先日の講演でも、一番前に座っておられた聴講者にどれを第1位にしましたかと伺うと、5番の「食品添加物」だという回答であった。いま厚生労働省が認可している食品添加物は、決められた使用基準に基づいて加工食品に配合されているわけだが、この食品添加物の健康リスクがどの程度かというと、リスクは決してゼロではないものの、将来健康被害に遭う可能性はもちろん、死亡事故が起こる可能性もゼロと言ってよいレベルであり、きわめて安全性が高いと断言してよい。いやいや、「食品添加物はからだによくないし、本来食品に混ぜる必要がないものだ」、「食品添加物の入った加工食品を毎日食べていると将来発がんリスクが高いに違いない」「食品添加物をいれた加工食品より無添加のほうが安全にきまっている」などと思われている方々は、残念ながらフェイクニュースに完全に騙されているわけで、このようにリスクを誤認している市民が非常に多いことにいつも驚かされる。

 ここにあげた食品中のハザード10個の中で、いまの日本において健康リスクが十分低く、きわめて安全性が高いリスク管理がなされているのは4番放射能汚染、5番食品添加物、6番残留農薬、7番遺伝子組換え作物(GM食品)の4つになるのは間違いない。これら4つのハザードが原因で健康被害や死亡事故が将来起こりうるとのソリッドな科学的エビデンスがもしあるなら教えていただきたい。商品を売るための非科学的な不安煽動情報(マーケティングバイアス)は世の中で多数みかけるが、査読付きの科学ジャーナルにおいて将来的な健康被害の可能性(健康リスク)を示唆した科学的エビデンスを筆者は知らない。逆に安全性試験のデータが多数存在し、リスク評価が充実しているのが食品添加物や残留農薬などのハザードであり、将来の危うさ加減がよく検討されているとの理解だ。

 その反面、1番の微生物汚染や2番の化学物質汚染に関しては、毎年食中毒による健康被害や死亡事故が起こっている現状を考えると、残念ながら健康リスクが十分低いとはいえない。また、3番の異物混入、8番の誤表示、9番の食品テロなどは、よく食品事業者が自主回収をしている原因のハザードであり、将来の危うさ加減という観点で健康リスクを評価するならば、やはり無視できないレベルにあると言えるだろう。また、もっとも健康リスクの高い食品中のハザードは10番の食品成分そのものであり、お餅など食品のかたまりで窒息する死亡事故が毎年多数発生していることや、食品成分の栄養の偏りにより生活習慣病で亡くなっている方が毎年何十万人といる現状を考えると、ダントツで10番の食品成分そのものの健康リスクがもっとも大きいと言ってよいだろう。化学合成の食品添加物の発がんリスクを気にする消費者が多いが、世の中に存在する発がん物質のほとんどは天然(一般食品の成分)であり、10番の食品成分そのものと5番の食品添加物をリスクというモノサシで比較すると、結果は言うまでもないのだ。

 なお、食品添加物や残留農薬の健康リスクに関しては、いわゆる「リスクのトレードオフ」が成立しており、これらハザード自体の健康リスクが十分低いだけでなく、食の微生物汚染による健康リスクを低減してくれることを考えると、無添加や有機栽培の食品と比較した場合に、むしろ健康リスクが小さくなっていることは明らかだろう。食品添加物を消費者が忌み嫌っているからといって、リスク回避するために無添加食品を開発すれば、添加物よりはるかに大きな食のリスク(微生物汚染による死亡リスク)に直面することになる。プロ野球の試合の終盤で同点、ツーアウト・ランナーなしのときに、四球のリスクを恐れてストライクをとりにいき、まんまと決勝ホームランを打たれるのと同じなのだ。小さなリスクを避けることで、より大きなリスクに当たることが「リスクのトレードオフ」であり、リスク管理責任者はこの原理をよく理解しておくことが肝要だ。

 食品添加物のひとつである殺菌料、次亜塩素酸水の使用が不十分であったために浅漬けのO157汚染が発生し、数名の死亡者を出した北海道での食中毒事故はその典型例だ。腸管出血性大腸菌の食中毒が起こるたびに、この殺菌料を適切に使用して非加熱食材の微生物汚染によるリスクを低減していたら防げたのではないかと筆者は疑っている。これら食中毒事故も、地震・津波・土砂災害などと同じく、「将来の危うさ加減」である死亡リスクを慎重に見積もり、この大きなリスクを確実に回避するための対策を食品事業者がとるべきだ(地震・津波・大雨のように警報が出ないので市民は逃げる術がない!)

 以上、今回のブログではリスクが「将来の危うさ加減」を表すモノサシであること、そのリスクを比較評価することで将来の不確実な死亡事故を回避することが可能であることを詳しく解説しました。SFSSでは、食の安全・安心にかかわるリスクコミュニケーションの学術啓発イベントを実施しておりますので、ご興味のある方はSFSS事務局までいつでもご連絡ください。⇒ info@nposfss.com

◎食のリスクコミュニケーション・フォーラム2018(4回シリーズ)
『消費者市民のリスクリテラシー向上につながるリスコミとは』
 第4回テーマ:『 遺伝子組み換え作物のリスコミのあり方 』開催案内

 http://www.nposfss.com/riscom2018/index.html

◎食の安全と安心フォーラム15
『食の微生物汚染:リスク低減のポイントを議論する』(2018.7/25)開催速報

 http://www.nposfss.com/cat9/forum15_sokuho.html

【文責:山崎 毅 info@nposfss.com

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