『前提条件つきリスク評価(CRA) ~リスコミで伝えるべき情報とは~』

[2016年4月21日木曜日]

このブログでは食品のリスク情報とその双方向による伝え方(リスクコミュニケーション)について毎回議論しているが、今回は理想的なリスコミのあり方として、前提条件付きリスク評価(Customized Risk Assessment)の結果をタイムリーに市民に伝えることの重要性について考察したので、ご一読いただきたい。

リスコミ(リスクコミュニケーション)においてもっとも基本的なこととして、その大前提となるリスク評価が科学的かつできる限り精度よくできているかどうかがポイントとなる。もしリスク評価がきちんとできていなければ、リスクの大きさがあいまいなままリスクコミュニケーションをされても、市民を不安に陥れるだけであり、市民がそのリスクを回避すべきかどうかの判断ができるはずがない。 「リスクがあるよ」だけでは、全く意味がない脅かしにすぎないのだ。だからこそ、対象となる市民にとってどの程度の健康影響リスクなのか、まずくわしく評価する必要がある。

たとえば食で言えば、ある食品添加物のリスク情報を伝える際に、国内なら食品安全委員会、海外ではEFSAなどのリスク評価機関が公表しているデータをもとに、その添加物をどのくらい摂取するとヒトで毒性が発現するか予測できるので、実際われわれが口にする食品に含まれる添加物のリスクがどの程度なのか把握できるわけだ。通常、それぞれの食品添加物のリスク評価の結果、動物実験の成績よりADI(一日摂取許容量)が算出され、この量は人が一生涯にわたって毎日摂り続けても、健康上なんら悪影響がないと考えられる一日あたりの摂取量の上限を意味するため、その食品添加物が法で定められた使用基準以下に配合されている限り、このADIより低い濃度なのでヒトでの健康影響はないものとのリスク評価ができる。

ただし、これは「法で定められた使用基準以下に配合されている限り」という前提条件がついているので、個人輸入した食品等でADIの数10倍もの同じ食品添加物が配合されていたりすると、食品添加物自体は同じ化合物であっても、途端に健康リスクは大きくなり健康被害も否定できないとのリスク評価になりうる。すなわちリスコミを実施する際に、対象となる市民にとっての前提条件付きのリスク評価結果を正確に伝えなければ、健康被害にあうリスクは思いのほか大きくなるということだ。

次に自転車事故の例を考えてみよう。自転車乗用中の事故発生率は、成人であれば1年間で1000人あたり1人に満たないという統計データがあるようだが、これが年齢層を16歳~19歳に限ると1000人あたり4人を超えるという:

◎第1回 安全で快適な自転車利用環境創出の促進に関する検討委員会
『自転車施策をとりまく環境』[PDF]

もしある高校で1学年の生徒数が250人とすると、毎年だれか生徒ひとりが自転車事故に遭うくらいのリスク評価となる。全国で発生する自転車事故が毎年13万件程度らしいが、その4分の1が通勤通学時に発生しているとのことなので、これも前提条件を通学時の高校生などと対象を限定すると、自転車事故発生のリスクは思いのほか高くなり、十分な注意をうながす必要がある。ちなみに、自転車乗用時の死傷事故において、実にその約3分の2は自転車乗用者の交通違反がからんだものとの警察庁のデータがあるそうで、言い換えれば自転車乗用者は交通違反をすることにより事故に遭うリスクがほぼ2倍になるということだ。なぜもっと自転車の交通違反を取り締まらないのだろうか。

次にいま問題となっている熊本地震のように、大規模な地震の発生確率をきくと、何百年に1度などというような話をよくきくが、今回のように一度大きな地震が起こってしまった後は、前提条件が大きく変化しており、余震がくる確率は急激に高まっているので、二次災害に遭うリスクはかなり高い「ハイリスク状態」と見積もるべきなのだろう。今回の熊本地震で「前震」・「本震」と大地震が継続することはたしかに想定外だったかもしれないが、少なくとも余震がまったく来ないとの予測はなかったはずなので、最初の大地震により少なからずダメージを受けた家屋にとどまることの二次災害リスクは思いのほか大きかったと見るべきなのだろう。そのため多くの住民がみな車中泊を選択すると、今度はエコノミークラス症候群に襲われるという、前提条件つきリスク評価が大変難しい状況で、被災者がリスク低減の選択肢を増やせるような環境づくりを行政が早急に進めたいところだ。

東日本大震災の際の津波にしても、何百年に一度の高い津波がきたというリスク評価をしてしまうと、今後また100年はこのような大きな津波は来ないだろうと考えてしまいがちだが、もし比較的大きなマグニチュードの地震速報が気象庁から発信され、震源地が海底のどこかということになれば、その前提条件は大きく変化し、海岸沿いの住民にとって津波に襲われるリスクは格段に大きくなる。前提条件つきリスク評価の結果が住民に正確に伝わらないと、避難しようという動機付けにはつながらない。

もしこれが、あまりにもあいまいなリスク評価結果をやみくもに発信していたら、住民たちはそのリスコミ情報をもう信用しなくなるため、本当に避難すべきリスク情報に対しても、住民たちは「またガセネタか?」との不信感をもって避難しなくなってしまう。特に足腰の弱い高齢者にとっては諦めの気持ちが生じたら、もう避難訓練すらできない厳しい状況と言えるだろう。すなわち、「地震がきたら、とにかく逃げろ」というリスコミを繰り返していては機能しないということだ。結局、いまの前提条件のもとでのできるだけ正確なリスク評価結果を住民に瞬時に伝え、回避すべきリスクかどうかは住民の判断にゆだねるのがよいリスコミではないかと思う。

具体的には、地震情報(大きさと震源地情報等)がTV等で警告情報として住民に流される際に、それと同じ規模の地震情報が過去に発信された際の、実際の津波発生確率やその規模・事故や死傷者数などまで瞬時にわかりやすくリスク評価結果として伝えることができれば、住民が避難すべきかどうかを咄嗟に決断できるのではないかということだ。

これをシミュレーションしてみると・・
1. 気象庁から地震速報発信:震度5、マグニチュード5.3、震源地は気仙沼沖20キロの海底。
2. 20秒後の気象庁情報:ほぼ同じ地震速報を1993年2月、2003年5月にも発信履歴あり
3. さらに10秒後:その2回では地震速報後5分で1m程度の津波が気仙沼に到達した履歴あり
4. 高台に避難できる方は、念のため避難してください(今回も津波の高さが1mとは限りません)

このような感じだが、「津波の心配はありません」or「津波の可能性があるので逃げてください」の予測結果のみを二択で伝える「ギャンブル的なリスコミ」よりは、住民からの信頼がえられるリスコミ情報と言えないだろうか。

食品のリスクコミュニケーションにおいても同様、リスク評価の成績をできるだけ正確にわかりやすく消費者に伝えたうえで、回避すべきかどうかを消費者の意思にゆだねる姿勢が、もっとも信頼されるリスコミとなるように思う。「アクリルアミド」しかり「トランス脂肪酸」しかりだが、気を付けないといけないことは、リスク評価データとその前提条件の説明が、本当に正確でわかりやすいものかどうかということだ。食品は天然物/ミクスチャーである限り、単一化合物のリスク評価情報がそのまま適用できるとは限らない。また動物実験のリスク評価データが、代謝機構の異なるヒトで本当に同じ毒性として発現されるとも限らないため、正確なリスク評価を慎重に進めることも必要だ。

食品への前提条件として、加熱したり生のままであったり、その加工・調理方法によってもリスク評価の結果は変わってくるはずだが、食品がミクスチャーであることを失念すると、あたかも単一のハザードがその食品の毒性を代表しているかのような錯覚をおぼえて、遠い将来の発がん性を危惧したばかりに、目の前の食中毒微生物を見逃して一発で死亡、というような本末転倒が起こりうる。「木を見て森を見ず」にならないよう、リスクのトレードオフの考え方も消費者にしっかり伝えていく必要があるということだろう。

前提条件付きリスク評価(CRA)について消費者と根気よく議論する機会を増やしていくことが理想的なリスコミであり、それによって「考える消費者/住民」がリスク情報をうけとった瞬間に、そのリスクを自分自身のいまの環境下で本当に回避すべきかどうかの咄嗟の判断ができるようになるはずだ。消費者に対して難しい説明は通用しないと勝手に解釈し、伝えるリスク評価データを必要以上に簡略化していると、消費者のリスクリテラシーは下がるばかりで、結局いざというときのリスク低減行動がとれないことになる。容易ではない課題だが、このCRAをリスコミに積極的に組み込んでいく価値はあるのではないだろうか。

以上、今回のブログでは、リスコミにおける前提条件付きリスク評価(CRA)の重要性について考察しました。SFSSでは、食品のリスク管理やリスコミ手法について学術啓発イベントを実施しておりますので、いつでも事務局にお問い合わせください:

◎食の安全と安心フォーラムXII(2/14)活動報告
『食のリスクの真実を議論する』@東京大学農学部中島董一郎記念ホール
http://www.nposfss.com/cat1/forum12.html

◎食のリスクコミュニケーション・フォーラム2016(4回シリーズ)
http://www.nposfss.com/riscom2016/

また、当NPOの食の安全・安心の事業活動にご支援いただける皆様は、SFSS入会をご検討ください。よろしくお願いいたします。
◎SFSS正会員、賛助会員の募集について
http://www.nposfss.com/sfss.html

(文責:山崎 毅)

タイトルとURLをコピーしました