2016年4月から10月にかけて食のリスクコミュニケーションをテーマとしたミニフォーラムを4回シリーズで開催いたしました。
毎回40~50名を超えるご参加があり、リスコミ/食の安全・安心に関してのご講演とパネルディスカッションを実施し、参加者からのご質問にパネラーがお答えするとともに、非常に有意義な意見交換ができました。
食のリスクコミュニケーション・フォーラム2016
【テーマ】『消費者の食の安心につながるリスコミを議論する』
【開催日程】
第1回 2016年4月24日(日)13:00~17:40
第2回 2016年6月26日(日)13:00~17:50
第3回 2016年8月28日(日)13:00~17:50
第4回 2016年10月30日(日)13:00~17:50
【開催場所】東京大学農学部フードサイエンス棟 中島董一郎記念ホール
【主催】 NPO法人食の安全と安心を科学する会(SFSS)
【共催】 一般財団法人社会文化研究センター
【後援】 消費者庁、東京大学大学院農学生命科学研究科食の安全研究センター
【参加費】 3,000円/回
*後援団体関係者、SFSS会員、メディア関係者は参加費無料
<第1回 2016年4月24日(日)>
吉井正武氏(社会文化研究センター)
岸本充生先生
平沢裕子先生
古川雅一先生
【プログラム】
13:00~13:05 『開会のご挨拶』
吉井 正武(一般財団法人社会文化研究センター常務理事)
13:05~14:05 『食の安心に資するための基準値はどうあるべきか』
岸本 充生(東京大学公共政策大学院)
14:05~15:00 『メディアから見た食の安全』
平沢 裕子(産経新聞東京本社)
15:00~15:20 休憩
15:20~16:00 『リスク情報の伝え方を考える』
古川 雅一(東京大学食の安全研究センター)
16:00~17:40 パネルディスカッション
『消費者の食の安心につながるリスコミを議論する』
進行:山崎 毅(SFSS)、パネラー:各講師
17:50~19:20 懇親会
*講演要旨ならびに講演レジュメは以下のとおりです:
①岸本 充生(東京大学公共政策大学院 特任教授)
『食の安心に資するための基準値はどうあるべきか』
消費者が食の安心を得るためには基準値の存在は不可欠である。しかし、基準値未満であるので安全という単純な説明は、基準値を上回った際に即、危険という認識につながる。基準値といっても、一日許容摂取量と個別食品の残留農薬基準値ではその意味は全く異なる。また、遺伝毒性を持つ発がん性物質のような「閾値のない物質」の場合、どのように基準値を決めるべきか、また決められない場合はどのように安全・安心を説明するべきか、まだ十分に定まっていない。こうしたことから、食の安全に関わる様々な基準値の意味や根拠を事業者,行政,消費者,マスメディアが共有しておくことが社会のリスクリテラシーを高めることにつながると考えられる。
<岸本先生講演レジュメ/PDF768KB>
②平沢 裕子(産経新聞東京本社編集部文化部 記者)
『メディアと食の安全』
マスコミにはジャーナリズムとエンターテインメントという2つの顔がある。テレビのワイドショーや雑誌記者はエンターテインメントに加え、センセーショナルな話を狙って報道する。そのかっこうのネタとなってるのが、食の危険をあおる情報だ。
新聞も、センセーショナルまでいかないが、エンターテインメントを求めた記事が少なくない。農薬をまったくつかわないでおいしいリンゴを作ったという「奇跡のリンゴ」の話など感情に訴える記事は、社内の評価が高くいい記事と言われる。科学的に正しいかはあまり問われない。それは、科学的な評価ができる人が新聞社内ではかなり少ないことも関係している。
また、食の評論家を名乗る人たちが安全について正しい知識を持っているかといえばそんなことはない。そうした人たちの間違った知識からくる情報が垂れ流しになっている実状もある。メディアが食の安全をどう伝えているか、私自身の経験談を踏まえ考えたい。
③古川 雅一(東京大学食の安全研究センター 特任准教授)
『リスク情報の伝え方を考える』
人間は、毎日、様々な意思決定を行っています。たとえば、スーパーマーケットに行ったとき、陳列されている商品をみて、味や価格の妥当性、安全性などについて、商品の外装に記載された情報や事前に入手している情報、これまでの経験などをもとに判断を行い、購入するかどうかを決定しています。ただ、このような意思決定が必ずしも合理的に行われているとは限りません。人間には情報の捉え方にバイアスがあり、不合理な意思決定が行われていることが多々あるのです。本フォーラムでは、人間の不合理性について解説するとともに、消費者へのリスク情報の伝え方を考えたいと思います。
<第2回 2016年6月26日(日)>
【プログラム】
13:00~14:00 『これからの食の安全・安心と危機管理
-グローバル化の激化とリスクコミュニケイシオン-』
松延 洋平(首都大学東京 )
14:00~15:00 『放射線の経験から考える食のリスクコミュニケーション』
小野 聡(立命館大学政策科学部)
15:00~15:20 休憩
15:20~16:20 『危機管理と知る権利についてー食品リスクと放射線リスクの違いと共通点』
関澤 純(NPO食品保健科学情報交流協議会)
16:20~17:50 パネルディスカッション
『消費者の食の安心につながるリスコミを議論する』
進行:山崎 毅(SFSS)、パネラー:各講師
18:00~19:30 懇親会
松延洋平先生
小野聡先生
関澤純先生
① 松延 洋平(首都大学東京)
『これからの食の安全・安心と危機管理 -グローバル化の激化とリスクコミュニケイシオン-』
食のグローバル化は 食品・農産物の国際貿易の量・質両面の変革と一体化して進んできている。現時点で、最も注目すべきは食の安全・安心そしてその危機管理の制度・システムの世界的な大変革が進行し始めていることである。主導するのは 、「食安全向上法」の実施を図る米国であり、「GLOBAL GAP」の普及を急ぐEUであり、台頭する中国である。わが国はこのわずか数年の間にその遅れを克服して行かねばならなくなっている。この緊急課題に立ち向かうためにはわが国の産官学はもとより消費者・市民も巻き込んで総力を挙げて取り組む必要がある。
経済社会の国際流動化に対し国境や組織の縦割り境界・壁を克服し、並んで加速化著しい科学技術の革新の大波を乗り切るために、今や自然諸科学のみならず社会人文科学の融合体制の構築が急務である。
② 小野 聡(立命館大学政策科学部)
『放射線の経験から考える食のリスクコミュニケーション』
2011年3月の原子力災害以降、我が国では政府や様々な専門家集団などによるリスクコミュニケーションが行われてきた。これらにおいては、専門家の情報提供と市民からの質問および意見の交流に基づく、従来から行われているリスクコミュニケーションのみならず、専門家と市民が協働で調査を実施し共に分析することによってリスクの現状を理解する「市民の科学」(Citizen Science)型のリスクコミュニケーションなどが見られている。本講演では、市民、行政、専門家らの対話や、放射線リスクに関する車座会議の運営の経験から、リスクコミュニケーションに根ざしたコミュニティのあり方について考察をし、食の安全におけるコンテクストに対する示唆を模索する。
③ 関澤 純(NPO食品保健科学情報交流協議会)
『危機管理と知る権利についてー食品リスクと放射線リスクの違いと共通点』
リスクは定量的に表されるが単なる数字で表されない要素がある。健康影響では、何がどのようなばく露(摂取)経路で体内に取り込まれ(または取り込まれず)、体内で変化し、影響が危惧される標的(器官や分子)と反応し、ある期間、作用することで特定の変化から生じた病変が、人の年齢、健康状態や生活条件で異なる抵抗力により回復しない場合に問題が起きる。これらの過程を十分考察せず、基準値の大小やリスクモデルの議論をしても意味はない。私たちは、健康リスクの基本を知り、考えることでより充実した豊かな生活を過ごすことができる。リスクの特性と背景リスクの存在を考慮して食品と放射線を例に、危機管理のあり方を考えたい。
<第3回 2016年8月28日(日)>
【プログラム】
13:00~14:00 『機能性食品とどうつきあうか(消費者教育のあり方)』
蒲生恵美(日本消費生活アドバイザー・コンサルタント・相談員協会(NACS))
14:00~15:00 『食品事業者から見る安全とリスクに関するコミュニケーションのこれから』
小出 薫(株式会社明治)
15:00~15:20 休憩
15:20~16:20 『リスコミの失敗を考える』
竹田 宜人((独)製品評価技術基盤機構化学物質管理センター)
16:20~17:50 パネルディスカッション
『消費者の食の安心につながるリスコミを議論する』
進行:山崎 毅(SFSS)、パネラー:各講師
18:00~19:30 懇親会
蒲生恵美先生
小出薫先生
竹田宜人先生
*講演要旨は以下のとおりです:
① 蒲生恵美(日本消費生活アドバイザー・コンサルタント・相談員協会(NACS))
『機能性食品とどうつきあうか(消費者教育のあり方)』
2015年度PIO-NET危害情報で、健康食品は10歳代~80歳代のすべての年代で上位10以内にランクインした。教育において健康食品のリスクを伝える難しさに、利用者の欲望がある。人間は対象への欲望が強いと、対象が抱えるリスクを低く認識すると同時に、対象がもたらしうるベネフィットを高く認識する傾向にある。健康食品を安全かつ適切に利用するには、健康食品の安全性と機能性を正しく理解することが必要だが、そのためにはどのようなアプローチが必要なのか。そもそも健康食品を食生活にいかに位置付けることが適当なのか。これらの課題について機能性表示食品制度を中心に検討する。
<蒲生先生講演レジュメ/PDF1.2MB>
② 小出 薫(株式会社明治)
『食品事業者から見る安全とリスクに関するコミュニケーションのこれから』
国内外でリスコミ像に少しずつ変容が。食品事業者にも行政との「対話」は勿論、消費者を含む他のステークホルダー(達)との目的も形も多様な対話機会が生じるだろう。古典的なリスコミの枠組みを超え、「安全とリスクに関する持続的なコミュニケーション」の場や「リスク教育」の必要性も議論されてきた。依然リスコミとの間に距離も在るが、食品事業者は実は、現実のHazard混入とその管理、低減の手段と可能性、さらに残存するリスクを良く知るステークホルダーでもある。一方国内社会は、話題となるリスクには厳しいシャットアウトを志向し、その状態に意外に安心している。事業者がリスクを語ることは、この国の適切なRisk Governanceの発展に、あるいはSustainable な生産と消費が行われる社会の形成にどの様に役立つのか、混乱を招くだけか?ご意見も伺いたく。
<小出先生講演レジュメ/PDF1.07MB>
<小出先生講演資料/PDF1.34MB>
③ 竹田 宜人((独)製品評価技術基盤機構化学物質管理センター)
『リスコミの失敗を考える』
今や、リスクコミュニケーションはリスクガバナンスにおいて重要なステップと認識され、意思決定プロセスの一つとして市民権を確立した。その結果、食品安全、防災、原子力、化学安全、医療など様々な分野でガイド、方針、あり方など、根拠とすべき考え方が文書化されている。それぞれの分野では、どんな指標でリスコミを評価し、その失敗の形をどのように描いているのだろうか?本講演では、リスコミの目的とその効果を測る指標について、参加者とのディスカッションを通じて考えていく。
<竹田先生講演レジュメ/PDF450KB>
<竹田先生講演資料/PDF316KB>
<第4回 2016年10月30日(日)>
【プログラム】
13:00~14:00 『食品防御 対策編』
広田 鉄磨(関西大学 特任教授、(一社)食品プロフェッショナルズ 代表理事)
14:00~15:00 『食品由来ハザードのリスク認知の特徴と双方向リスクコミュニケーションモデル』
新山 陽子(京都大学大学院 教授)
15:00~15:20 休憩
15:20~16:20 『不安な消費者にむけての”やさしい”リスコミのコツ』
山崎 毅(NPO法人食の安全と安心を科学する会(SFSS) 理事長)
16:20~17:50 パネルディスカッション
『消費者の食の安心につながるリスコミを議論する』
進行:山崎 毅(SFSS)、パネラー:各講師
18:00~19:30 懇親会
広田鉄磨先生
新山陽子先生
山崎理事長(SFSS)
①広田 鉄磨(関西大学 特任教授、(一社)食品プロフェッショナルズ 代表理事)
『食品防御 対策編』
2015年4月の 「フードディフェンス上のリスクがなぜ極大化して伝えられるのか」では日本の食品防御が如何に形作られてきたかを振り返り、監視カメラ偏重の傾向が歴然としていること、しかしながら監視カメラの犯罪抑止効果には大きな疑問があることをのべました。 今回の「対策編」では 最近のFSMAの動きにも配慮しながら 日本での食品防御のあるべき姿を探ります。端的に申し上げますと、テロというスケールの犯罪には対処のしようもなく、いわゆる悪意ある混入程度までの個人による犯罪に対策を集中していくことが妥当であろうという結論に至りました。そのため対策の多くは企業風土の改善に頼ることになります。
<広田先生講演レジュメ/PDF:569KB>
②新山 陽子(京都大学大学院 教授)
『食品由来ハザードのリスク認知の特徴と双方向リスクコミュニケーションモデル-放射性物質の健康影響』
2011年福島第一原子力発電所事故から5年がたちましたが、まだ住民の人たちの暮らしや農産物の取り扱いが元に戻っていません。
さまざまな事故のリスクに対して、専門家のリスク評価が科学的な知見にもとづいてなされ、一般市民のリスク評価は主観になされるため、両者の間にときに大きなギャップが生まれることが知られています。では、食品に対するリスク知覚にはどのような特徴があるのか、とくに放射性物質の食品を介した健康への影響のリスクについてはどうかを、調査の結果をもとにお話しします。
事故によって放出された放射性物質に対して市民の間に大きな不安が生まれ、必要とする情報の不足がそれをより大きくしましたが、このような緊急事態の時にどのようなリスクコミュニケーションを行えば、市民にとって納得のゆく状態が得られるのか。新しい双方向のリスクコミュニケーションモデルを開発し、実証を行いましたので、その結果についてお話しし、リスクコミュニケーションのあり方を一緒に考えてみたいと思います。
。
<新山先生配付資料(講演レジュメの一部)/PDF:1.47MB>
③山崎 毅(NPO法人食の安全と安心を科学する会(SFSS) 理事長)
『不安な消費者にむけての”やさしい”リスコミのコツ』
食品のリスク管理責任者が消費者にリスク情報を伝達する際に大切なことは、消費者のリスク認知の特徴を社会心理学的に学び、当該消費者にとっての健康リスクの大小を正確に理解できるようなコミュニケーション手法を習得することだ。①食品中ハザードのリスク評価が綿密にできているか、②その健康リスクが当該消費者にとって許容範囲かどうか、この2点を伝えれば消費者自身が安全か否かの判断ができるはずだが、不安な消費者へのリスコミはそう容易ではない。消費者のリスク認知バイアスを逆手にとった”やさしい”リスコミのコツを参加者の皆様と議論したい。
<山崎理事長講演レジュメ/PDF:395KB>
(文責:山崎 毅、写真撮影:miruhana)