
星薬科大学 薬学部 創薬科学科長・教授
穐山 浩
微量の定義と検査法検出性能から設定された食物アレルギー表示の閾値
食物アレルギーは年々社会的関心が高まり、リスク管理と食物アレルギー表示制度の重要性が一層増している。我が国のアレルゲン表示制度の特徴は、「微量の定義」を明確化した上で数値基準を設けている点にある。表示対象となる特定原材料等について、食品1 g当たり10 µg(10 ppm)以上の総タンパク質が含まれる場合に表示が必要とされる。この値は、特定原材料の検査法の検出性能と運用を踏まえて設定されたものであり、単なる行政判断ではなく、検査法の検出限界に基づく閾値である。
この閾値設定の背景には、「どこまでを“微量”とみなすか」という課題があった。食品表示研究班の検討において、ELISA法など既存の検査法の検出限界、加工食品中でのタンパク質の抽出性、偽陽性・偽陰性の問題などが総合的に議論され、結果として10 µg/gを実務的かつ保守的な表示判断基準とする現在の考え方が形成された。この「微量の定義」は、可能性表示(may contain)を禁止し、消費者の選択肢を担保するという、日本の食物アレルギー表示制度の理念とも密接に関係している。

特定原材料の検査法の課題
特定原材料の検査法として現在主に用いられているのは、ELISA法を中心とした免疫化学的手法である(表)。ELISA法は特定原材料のタンパク質に対する特異抗体を利用して総タンパク量を測定するスクリーニング法であり、定量性と行政実務上の適合性に優れる。一方で、加工・加熱によるタンパク質変性や抽出性の低下といった課題や標準品の違いによる課題も問題になった。これを解決するため、我が国の公定法では還元剤や界面活性剤を含む抽出液を採用し、加工食品中の熱変性タンパク質の可溶化、また標準品の統一を図るなど、実試料に適合した抽出液と標準品の規格化を行った。
ELISA法のスクリーニングで陽性となった場合の確認試験としては、卵・乳ではウエスタンブロット法、小麦・そば・落花生・えび・かに・くるみ等ではPCR法が位置付けられている(表)。PCR法は遺伝子配列を標的とするため特異性が高く、偽陽性の低減に寄与している。この二段階検査体系は、科学的妥当性と行政監視制度を両立させる日本の特徴的な仕組みであり、国際的にも類を見ない。
近年では、LC–MS/MS法(液体クロマトグラフ質量分析法)を用いたアレルゲン測定が国内外で急速に進展している(表)。ペプチドマーカーを直接同定する本法は、複数アレルゲンの同時分析や加工影響を受けにくい分析性能などの利点を持ち、今後の検査法の高度化を担う技術として期待される。ただし、定量性・装置・コスト・標準化などの面で課題も残り、現行のELISA法を直ちに置き換える段階にはない。
国際的動向と今後の課題
国際的規格を策定するCODEXでは「参照用量(Reference Dose)」の考え方が議論されており、摂取量ベースのリスク評価に基づく閾値設定が進みつつある。日本における定量基準10 µg/gは、こうした国際的議論とも整合性を取りながら、患者の安全性と食品企業の運用可能性の両立を目指した実践的な数値である。
今後の課題として、①現実的な摂取量データの蓄積、②加工影響を考慮した標準物質の整備、③国際的整合化を視野に入れたリスク評価視点の表示の検討、④消費者へのリスクコミュニケーションの充実が挙げられる。食物アレルギー表示制度と検査法は単なる技術問題にとどまらず、「安全・安心」への信頼を支える制度である。科学的根拠に基づく継続的な検証と改善を進めつつ、実態に即した現場運用を支えることが今後ますます重要になると考えられる。


