食品添加物について正しく伝えるには (2021年3月1日)

三輪 操


日本農芸化学会フェロー
日本薬科大学、人間総合科学大学非常勤講師
(元相模女子大学、東京農業大学教授)
三輪 操

 私と食品添加物とのつきあいは、大学院で学位論文のテーマとして「肉の塩漬中における亜硝酸塩の挙動」の研究を始めた時からである。博士号取得後、当時の農林水産省食品総合研究所に採用され食品添加物の研究を続けていたが、縁あって栄養士、管理栄養士を養成する大学で教鞭をとることになり、現在も、非常勤講師として教育に携わっている。この間、大学の講義だけでなく、一般消費者の方に「食品添加物の有用性・安全性」について話をする機会も多くあった。その都度、添加物について正しくわかってもらえるように考えたつもりだったが、失敗例も数多くある。

データを示すだけでは伝わらない
 大学院と農水省の研究所では、同じ分野の科学者同士での情報交換がほとんどだったので、わかりやすいグラフ、表を作成することは意識したが自分の研究データをそのまま示せばよく、どのように伝えるかを深く考えることはなかった。ところが、研究所を見学に来る一般消費者の対応をするようになり、食品添加物の「有用性・安全性」の話が、うまく伝わらないことに気づいた。例えば、亜硝酸塩を発色剤として利用することは、研究者の間では特に問題ないと考えられていたのに、一般消費者には、必ずしも伝わらなかったのである。なぜ伝わらないかを考えている中で、学会発表や論文で報告される内容を、誰にでもわかるようにもっと噛み砕いて伝える役割を持つ人が必要であり、自分がその役割を担おうと思うようになった。

研究者から大学教員に転身
 大学教員として食品学、食品衛生学を担当することになり、まず、食の安全性に関するアンケートを行った。その結果、食品添加物を漠然と不安に思う学生が多く存在することがわかった。そこで、カリキュラムを見直して、食の安全性の科学的な考え方を教え、それを実際に手を動かして確かめることができるシステムを構築したところ、およそ6割の学生が以下に示すように考え方が変わったと回答し、大きな効果があることがわかった。

  • 添加物を使用することにより、安全性が保たれたり、味がよくなったりするので一概に「ダメ」とはいえない。食べる量が重要。
  • 正しく学ぶことで、自分がいかに偏見を持っていたかがわかった。マスコミに頼らず自分の知識をつけていきたい。
  • 添加物については危険なイメージがあったが、勉強する中で添加物と自分たちの生活とは密接な関係があり、これからもうまく関わっていかないといけないし、正しい理解が必要であることが分かった。

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中学校の家庭科の教科書に何が書いてあるか
 学生へのアンケートの回答で、「中学校の家庭科で健康に良くないと習った」とあったので、教科書を調べてみた。平成27年(2015)発行の教科書では、「できるだけ食品添加物の少ないものを選ぶようにしましょう」と書かれている。また図に示したように、平成31年(2019)発行の教科書には、授業での話し合いの素材として「うちではなるべく食品添加物を少なくするように、一度ゆでてから食べるよ」という表現が見られるが、教科書の記述としては不適切であろう。2017年に学習指導要領が改訂されたので、今後、教科書は良い方向に変わると期待される。しかし、まだ数年間は古い教科書で学んだ学生が大学に入学してくるので、引き続きしっかり教えていかなくてはいけない。

一般消費者にはどのように伝えたら良いか 〜気をつけていること、学んだこと〜
 数年前、「食品添加物ほんとうの話」という本を出版した。打ち合わせの席で、編集担当者が研究室に置いてあったレトルトご飯を見て、「これって保存料が入っているから長持ちするんでしょ」と言うのでびっくり。そうか、普通の人は「なぜ食品は腐るか」、から説明しなくてはいけないのだとわかり、添加物本の編集者なら当然知っているだろう、と言う私の思い込みを大いに反省した。
 それまでも、講演会の依頼を受けたら、期待されている内容、聴衆の人数、会場の設備に関する情報などを集め、できるだけこちらの考えが伝わるように工夫をしていたつもりだった。専門用語をわかりやすい言葉に置き換え、グラフや文字が遠くからも見えるように大きさや色を調整し、これでどうだ、という気持ちがあった。しかし、よく考えてみれば、普通の消費者(特に高齢者)は、グラフや表を見る機会などほとんどない。グラフを突然見せられて、「グラフから明らかなように・・」とか言われても??で、話についていけなかったに違いない。相手の立場に寄り添うことが必要だった。
 いま心がけていること。 一つは身近な題材を選び、添加物が自分の生活につながっていることを知ってもらう。添加物の役割・有用性の例として、高齢者なら誤嚥防止にとろみ剤(増粘安定剤)が、肥満の方にはカロリー低減に人工甘味料が有力な味方になることを話すなど、相手によって内容を変えるようにしている。また、国が安全性と有用性を確認したものだけが使えること、そして違反がないかは国や都道府県の検査機関で定期的にチェックしており、自分の住んでいる自治体のHPで確認できることを話し、画像でも示すと、不安を減らすのに役立つのではないか。

古い間違った情報を更新するには
 若い時に学校で習ったこと、マスコミで騒がれたことなど、頭に一度インプットされたことは、その後書き換えることは難しい。「サッカリンに発がん性?」などはその例である。講演の時に質問されることも多く、その都度、「安全であることがわかったから心配しなくても大丈夫ですよ」、と説明するのだが、情報の更新をどのようにすれば良いのかは、今後取り組むべき問題と思う。

 消費者に「食品添加物」について正しく理解してもらうことはなかなか難しいが、それぞれの立場を考慮した伝え方を工夫し、地道に活動を継続していくことが大切であろう。

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