SFSS 食の安全と安心フォーラム第16回(2019.1.27)より
食品高圧加工による殺菌の現状・課題(2019年4月29日)

山本和貴


国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構 食品研究部門
食品加工流通研究領域 食品品質評価制御ユニット長
山本和貴

1.食品高圧加工の特徴

 1990年に世界初の高圧加工食品(ジャム)が日本で実用化して以来、食品高圧加工技術は世界に広まり、市場は拡大を続けている。当初は、化学反応を抑えることで風味劣化を最小限に抑えつつ殺菌する非熱的殺菌技術として、様々な食品の殺菌を目的として市場が広がった。現在では、市場の約1/4をジュース類、約1/4を肉製品が占め、全体の約1/4が受託加工生産されている。ジュース類には新鮮さを活かすための高圧殺菌が、肉製品には熱殺菌後の腐敗菌増殖抑制としての高圧殺菌が行われている。食品高圧加工には、殺菌以外にも用途があり、貝類・甲殻類の開脱殻、液体含浸が可能であり、蛋白質、澱粉等の変性による力学物性変化等にも期待が寄せられている。

2. 微生物制御技術としての食品高圧加工

 食品高圧加工では、微生物及びウイルスの不活性化ができる。ウイルスは感染価が低下するが、比較的厳しい高圧処理条件が求められる。微生物では、寄生虫、黴(カビ)、酵母、細菌等が対象となる。アニサキスのような寄生虫は、長時間凍結後の解凍で死滅するが、高圧処理であれば短時間で済む。黴、酵母は、全般的に細菌よりも死滅しやすい傾向があるが、球状の胞子、菌体は死滅しにくい傾向がある。加熱処理で耐熱性微生物が問題となるように、いずの場合も、菌種によって耐圧性が異なる。また、高圧処理のみによる芽胞の殺滅は困難であるので、芽胞汚染が想定される食品では、従来通りの操作での制御が求められ、レトルト殺菌、低pH、10 ℃以下での保存等が求められる。一方、高圧処理により発芽が効率的に誘導できる場合があるので、今後の利用に期待が寄せられている。更に、近年は損傷菌が注目を集め、高圧損傷菌についても知見が増えつつある。高圧損傷菌は、通常の検出方法では死滅して見逃す可能性も指摘されているので、その他殺菌方法によって発生する損傷菌についても同様の注意が必要かもしれない。

3. 熱殺菌と高圧殺菌

 熱殺菌では、殺菌できる一方で品質の熱劣化が問題となるため、安全性と高品質との両方を求める消費者の要望に応える形で、放射線照射、高圧加工等の新規食品殺菌技術が研究開発され、実用化が進められている。一方、食品の安全性確保のために、食品衛生法においては「食品、添加物等の規格基準(厚生省告示第370号)」が昭和34年(西暦1959年)12月28日に定められ、国民の健康保護に重要な役割を果たしてきた。その後、新規殺菌技術が出現し、世界各国で安全と美味しさとを両立した食品が流通するようになり、新技術で殺菌した食品を日本に輸出する動きもある。しかしながら、上記規格基準においては、殺菌手法が制約を受け、「食品に放射線を照射してはならない」し、「生乳」、「鶏の卵」を使用した食品製造では、加熱殺菌が要求されている。鶏卵の加熱殺菌は「割卵後速やかに調理し、かつ、その食品が調理後速やかに摂取される場合」等が除かれるので、正常な生鶏卵は提供できる。一方、高圧殺菌により生乳、鶏卵を殺菌して販売すると、加熱殺菌していないので不良品と見なされてしまう問題がある。また、高圧加工食品で特に課題となるのは、上記規格基準における「2 清涼飲料水の製造基準」である。世界的に市場を拡大している高圧加工ジュースは、この製造基準において「pH4.0未満のものの殺菌にあっては、その中心部の温度を65℃で10分間加熱する方法又はこれと同等以上の効力を有する方法で行うこと」、「pH4.0以上のもの(pH4.6以上で、かつ、水分活性が0.94を超えるものを除く。)の殺菌にあっては、その中心部の温度を85℃で30分間加熱する方法又はこれと同等以上の効力を有する方法で行うこと」等が求められている。

4. 今後の状況

 「食品衛生法等の一部を改正する法律」は、「2020年東京オリンピック・パラリンピックの開催や食品の輸出促進を見据え、国際標準と整合的な食品衛生管理が求められる」背景の下、平成30年6月13日に公布された。このような新時代を迎え、高齢社会となり、安全で高品質の食品への需要は益々高まると予想される。更に、新技術により殺菌した高品質食品は、輸出入の動きが活発になるであろう。WTO(世界貿易機関)による公正な貿易を推進するためには、非関税障壁として問題とならないように、科学に則った規格基準により、国際標準との整合性を測り、食品衛生を確保する必要がある。
 食品の放射線殺菌は、日本では許可されていないが、WHO(世界保健機関)が放射線照射量上限を撤廃する等、安全性は科学的に担保されている。乾燥粉末を食品に直接振りかける香辛料は、加熱殺菌すると香りが著しく損なわれてしまうが、米国、EU、中国等、45ヶ国以上では放射線照射が許可されている。
 高圧殺菌においては、例えば、製造基準がある高圧加工ジュースに対して、熱殺菌との同等性の証明が求められる。規格基準がない食品群については、その限りではない。一方、米国では、FDA(食品医薬品局)が、熱殺菌以外の殺菌法(紫外線照射、パルス光、高圧等)を消費者の選択肢としても認めてしかるべきとの判断をしており、いずれの技術であろうとも関連有害微生物(pertinent pathogen)の5桁以上の減菌を明確に求めている。
 今後、これら現状を踏まえ、高圧加工食品の貿易が活発となることに備え、非関税障壁と見なされないような規格基準の設定が、重要となるであろう。

参考)食品衛生法 食品・添加物等の規格基準
https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/iyaku/kigu/dl/4.pdf

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