[2022年3月24日木曜日]
“リスクの伝道師”SFSSの山崎です。本ブログではリスクコミュニケーション(リスコミ)のあり方について、毎回議論をしておりますが、今回は消費者市民が陥りがちのリスク認知バイアスのひとつとして、「リスクのトレードオフ」を理解しないことにより発生する重篤な健康リスク(食中毒など、実際に安全が脅かされる問題)について議論したいと思います。
まずは、消費者庁が食品添加物不使用に関する任意表示のガイドラインを発出することを今月中に予定しており、その専門家検討会が3月1日に開催されたので、そちらをご参照いただきたい:
・第8回食品添加物の不使用表示に関するガイドライン検討会(2022年3月1日)
https://www.caa.go.jp/policies/policy/food_labeling/meeting_materials/review_meeting_006/027525.html
今回は昨年3月から消費者庁主催で開催されていた有識者検討会の最終回であったが、本ガイドラインは、食品添加物の不使用表示に関して、誤認又は矛盾させる表示に基づく商品選択が行われることがないよう、食品表示基準第9条に規定する表示禁止事項の解釈を示したもの、とされている。これまでの検討会にて討議のうえ提案されたガイドライン案に対して、国民からの意見をパブリックコメントとして募集したところ、758件のご意見が寄せられ、個々の意見に対する国の考え方(案)も示されている:
【資料3】パブリックコメントにおける御意見 目次付[PDF:2.5 MB]
ちなみに、われわれSFSSと筆者個人もこのパブリックコメントに2件の意見を応募したのだが、まとめの中では最後の「その他」に分類されたようで、上記【資料3】のp182-p183に掲載されていたので、ご参照いただきたい:
意見の表題 | 意見・理由 |
食品添加物不使用の任意表示を不適切とする本ガイドラインの発出に賛成する | 「無添加」など食品添加物不使用を強調する任意表示は、あたかも安全性が高い食品であるかのようなリスク誤認を助長してきたことが、消費者庁の消費者意向調査でも証明されている。また消費者市民が食品添加物の合理的選択を行う権利は、原材料の一括表示欄を見れば確保できるため、あえて特定の食品添加物の不使用を強調する必要はない。したがって、特定の食品添加物の不使用表示は、明らかに消費者のリスク誤認を利用した不適切なマーケティング手法であり、食品表示基準第9条に抵触するしないにかかわらず道義的に許容できない。よって本ガイドラインにて、食品添加物不使用の任意表示を禁止すべきと考える。 |
10項目の類型に該当しない場合でも、原材料の一括表示欄以外で特定の食品添加物不使用を表示するのは不適切とすべき | 食品表示基準第9条に抵触する(事実誤認を招く)おそれがある事例として10項目の類型があげられているが、逆にいうと本類型に当てはまらなければ、食品表示基準に抵触せず、不使用表示は許容されるとの逃げ道を残してしまう。一括表示欄を見ればわかる特定の食品添加物の不使用を、あえて欄外表示するのは強調表示であり、すべて類型10に該当するのであれば、このままの類型でよいだろう。安全性に関係するアレルゲンなどの食品成分であっても、不使用表示を強調する科学的妥当性がなければ、あえて不使用表示を強調するのは望ましくない(一括表示欄確認の機会損失につながる)。 |
われわれのこの2つの意見に対する国(消費者庁)の考え方(案)は、いずれも「消費者の商品選択において表示の正確性は重要なことであると考えられることから、本ガイドラインは、食品添加物の不使用表示に関して、誤認又は矛盾させる表示に基づく商品選択が行われることがないよう、食品表示基準第9条に規定する表示禁止事項の解釈を示したものです」となっている。
すなわち、今回のガイドラインはあくまで国による食品表示に関する法規制の解釈(メルクマール)を示したものであり、食品表示が消費者市民にリスク誤認を与えるかどうかまではカバーしていない、というのが国の考え方との理解だ。われわれは、事実誤認・矛盾だけでなく、消費者市民にリスク誤認を与え続けてきた食品添加物不使用の強調表示(一括表示欄の義務表示以外にあえて任表示すること)の弊害を約10年間うったえ続けてきたので、その点に関する意見を提出したのだが、今回の法規制に関わる指針案の外になるので「その他」に分類されたということであろう。
今回の食品添加物の不使用表示に関するガイドラインが国から発出されることの意義は非常に大きい。少なくとも事実誤認・矛盾を含む10の類型に該当するおそれのある任意表示に対して、国/保健所が食品事業者に対して行政指導を進めることが期待されるからだ。大半の食品事業者も、あえて法令違反すれすれの食品表示にチャレンジしてまで売上を取りにいかないことが見込まれるため、本ガイドラインの効果はかなり期待できるといってよいだろう。その意味で、消費者庁と検討会メンバーの皆様に感謝の意を表したいと思う。
ただし、食品事業者には、その事業活動において法令遵守だけでなく、消費者市民に対する社会的規範や倫理観に基づくコンプライアンス遵守も求められる。とくにSDGsなど持続可能性や環境影響なども考慮したうえでの企業活動が市民から求められる中、今回のガイドラインにおいて示された食品表示基準に抵触する恐れのある事実誤認や矛盾を含む任意表示は当然控えるべきだが、リスク誤認を助長するような添加物不使用の強調表示も避けるべきだ。
たとえば、「保存料不使用」「日持ち向上剤不使用」などという強調表示のされた加工食品が、消費者市民に与える印象は、本来、「保存料」を適切に使用しない分、食中毒のリスクが高いだけでなく、賞味期限短縮による食品ロスのリスクも高いことを、あえて宣言していることになることを認識されるべきだろう。しかも保存料そのものは、厚労省が定めた使用基準により配合されている限り、健康リスクは許容範囲、すなわち「安全」と太鼓判を押しているので、それでもあえて「保存料不使用」を強調する理由は、「消費者が嫌っているから」というリスク誤認を利用しました・・という説明しかないのでは?
それでも、「いやいや、保存料や着色料というイメージや価値観がイヤ」という消費者の合理的選択のために強調表示するんだ、とのご意見もあるだろう。パブコメにおける反対意見の中にも、そのようなものが散見されるようだ。しかし、それはあきらかに矛盾している。なぜ、わざわざ配合されていない食品添加物を特定して「〇〇不使用」と強調表示する必要があるのか。消費者のリスク誤認に起因する忌避感以外の理由を、科学的に説明できるのだろうか。
配合されている成分を強調するならまだしも、入っていない成分を強調するからには、配合されていることが当然との説明が必要だろう。たとえば、マヨネーズで「タマゴ不使用」、パスタで「小麦不使用」などだ。すなわち、一部の消費者にとって健康リスクが許容範囲とならないような食品成分であれば、不使用を強調することに問題がないケースはある。減塩や糖類不使用なども、その類にあたるだろう。
顧客が「自然志向」「天然志向」なのだから、化学合成の特定の添加物の不使用を強調したい、というご意見もあるだろう。それならば、「化学合成の食品添加物を一切配合しておりません」と表示すればよいことであって、なぜあえて「保存料」「着色料」「甘味料」「調味料」などを特定して不使用を強調するのか。しかも、「保存料」「着色料」「甘味料」「調味料」の中には天然の食材に含まれる成分も多数あるのだから、「天然志向」の消費者に不使用をうったえるのは科学的に矛盾している。本当にそのような不使用表示は、消費者の合理的選択の役に立っていると説明できるのか。
ここまで、食品添加物不使用の強調表示が、結局は消費者市民のリスク誤認を利用したマーケティングのためとしか説明ができないケースがほとんどであるとの解説をしてきたのだが、そのようなリスク誤認が社会に横行してしまう主な原因は、食のリスクを科学的に評価できない”自称食品評論家”や”自然食品マーケター”たちが意図的に拡散するフェイクニュースであろう。
残念ながら、消費者市民はどうしても安全情報より危険情報に敏感であり、確証バイアスに陥りやすい傾向にあることは社会心理学的に公知の事実だ。だからこそ、意図的なフェイクの危険情報に対して迅速な消火活動が必要であり、われわれSFSSも継続的に実施しているファクトチェック活動が必要ということだ(これまでのファクトチェック記事は、以下でご参照のこと):
◎SFSS食・健康・医療のファクトチェック
http://www.nposfss.com/cat3/fact/
「食品添加物が危険」という偽情報のほとんどは、摂取量の観点が欠落しており、非科学的な「食品添加物のありなし論」によりリスクを過大視したものが大半を占める。すなわち、リスクの大小について誤ったイメージを植え付けることで、食品添加物を配合していない加工食品が、いかにもリスクが小さい優れた食品との誤認を与えるものだ。
しかし、実際のリスクとは将来の危うさ加減を科学的に評価するものであり、不確実性はあるものの、リスクが許容範囲を超えている場合には、食中毒や重篤な健康被害、最悪の場合には死亡事故にもつながる可能性があるので、リスクが大きいと評価された場合には、市民にそれを知らせて、取捨選択を判断してもらう必要がある。地震・津波・洪水・土砂災害などの注意報/警報が、身近なリスクのわかりやすい例だろう。その際に、リスクの大小をわかりやすく伝えるために役に立つ原理が「リスクのトレードオフ」だ
いまでいえば、新型コロナのワクチンがわかりやすい例だろう:
①新型コロナワクチンを接種することで副反応・副作用の健康リスクがあることを詳細に伝え、
専門家によるリスク評価の結果(将来の健康リスク)を理解してもらう。
②新型コロナワクチンを接種しないことによる感染リスク・重症化の健康リスクを詳細に伝え、
専門家によるリスク評価の結果(将来の健康リスク+価値損失リスク)を理解してもらう。
①のワクチン接種による副反応リスクが大きいと判断して、ワクチン未接種の方が普通に経済活動をしていてコロナに感染、という状況を目の当たりにしてこられた医療関係者は、①のワクチン副反応による重篤化のケースはほとんどなく、②の感染者が重篤化するリスクは100人の感染者のうち2人が死亡したケースをみてこられたので、医師の100人が100人、①は小さく②がはるかに大きいと、市民にむけて伝えるだろう(すなわち、ワクチン接種を強く推奨するはずだ)。
このようなワクチン接種・非接種の二者択一の状況において、①のような比較的小さなリスクを恐れて、②のような大きなリスクに当たって事故に遭うことを「リスクのトレードオフ」と呼ぶ。いやいや、将来ワクチン接種者がバタバタと感染症で倒れたとしたら、①のリスクが大きかったということになるじゃないか、と反論する方がおられるかもしれない。しかし、そのようなリスク評価の科学的根拠が示されなければ、それは絵にかいた餅、「何か起ったらどうするんだ症候群」ということだろう。
結局のところ、専門家が科学的根拠に基づいてリスク評価した結果に基づいて、リスクを選択する方がより「安全」ということだ。もちろん消費者市民の生活環境や条件によっては、逆の選択肢を選ぶこともありだし、リスクの選択は市民が自由に決めることだ(「リスク自由主義」)。新型コロナワクチンでいえば、引きこもりで全く外出せずに生活が成り立っている方は、①のワクチン接種を無理に選択する必要はない。ただし、引きこもりによる精神面での疾病が重症化するリスクは助長されるので、安全といえるかどうか・・筆者はあまりお薦めできないリスク選択だ。
今回のメインテーマである食品添加物でいえば、以下のとおりだ:
①食品添加物を配合した加工食品を摂取することの健康リスクを詳細に伝え、食品事業者によるリスク管理の状況や
専門家によるリスク評価の結果を理解してもらう。
②食品添加物を使用しない加工食品を摂取することの健康リスクを詳細に伝え、食品事業者によるリスク管理の状況や
専門家によるリスク評価の結果を理解してもらう。
①も②もリスクの大小はあまり変わらないと思われるかもしれないが、食品安全の専門家にとっては②のリスクが大きいと評価するはずだ。
実際、2012年に北海道で右図のような事故が発生しており、食品添加物である殺菌料を適切に使用しなかったことにより8人の方がO157による食中毒で亡くなったという報告がある。「食品添加物を使っていたら、将来ガンになるんじゃないの?」というようなリスク情報を真に受けて、食品添加物不使用の加工食品を食べたことで、明日にも生命を奪われる事故に遭うのでは本末転倒だ。
そう考えると①と②でどちらのリスクが大きいか、わかりやすいのではないか。ちなみに、②を選択して「保存料」や「日持ち向上剤」を使用していない場合には、使用した場合と比較して賞味期限が短くなるので、食品ロスのリスクは高くなる可能性があるように思うが、どうだろうか。それなら食品添加物が着色料であれば、使用しないことによる②のリスクが大きくなることはないのでは?との突っ込みがありそうだが、加工食品であれば、保存する日数が長くなるほど、着色料不使用の加工食品は変色が急速に進んで、「品質が劣化したのでは?」と思うと廃棄の食品ロスリスクが高くなることが予測できるところだ。
上記のような「リスクのトレードオフ」の考え方については、リスク管理責任者である国や食品事業者のリスクアナリシスが十分機能して、食品添加物のリスク評価/リスク管理がきわめて高いレベルで制御されていることが大前提となるが、筆者がここ10数年にわたってみてきた国内の食品安全行政は問題なく機能しているとの評価だ。
以上、今回のブログでは、「リスクのトレードオフ」を知ることで、食品添加物のリスクの大小が正しくイメージできるよう解説してみました。SFSSでは、食の安全・安心にかかわるリスクコミュニケーションのあり方を議論するイベントを継続的に開催しており、どなたでもご参加いただけます(非会員は有料です)。
◎SFSS食のリスクコミュニケーション・フォーラム2022(4回シリーズ)開催案内
『消費者市民に対して説得ではなく理解を促すリスコミとは』
第1回テーマ:『食品添加物の不使用表示について』(4/24午後、Zoom)
http://www.nposfss.com/riscom2022/index.html
【文責:山崎 毅 info@nposfss.com】