[理事長雑感2022年7月号]
“リスクの伝道師”SFSSの山崎です。本ブログではリスクコミュニケーション(リスコミ)のあり方について毎回議論をしておりますが、今回は消費者市民が食品のリスクを適正に評価したうえで選択する、いわゆる「エシカル消費」に必要な視点について、吟味思考(クリティカルシンキング)により議論してみたいと思います。
まずは、食品を選択する判断基準についての仮想エピソードを、以下でご一読いただきたい。なお本エピソードは、吟味思考のために筆者が考えた架空の会話なので、登場する特定の用語や環境対策を否定する意図はありません。
Aさん 「最近、気候変動などの環境問題が重要になってきたので、カーボンニュートラルを軸に食品を選択することにしたんだ」
Bさん 「すごいね。SDGsって言葉を最近ネットやTVで見かけるけど・・」
Cさん 「それはよいことだね。環境に配慮した、いわゆる”エシカル消費”ということかな?」
Aさん 「そうそう。先日も循環型農業のオーガニック野菜をネットで購入して、カレーライスを作ろうと思ったんだけどね・・」
Bさん 「えらいなぁ・・ ボクなんか、いつもレトルトのビーフカレーで済ませてるよ」
Aさん 「レトルトカレーに入っている野菜は中国産が多いので、農薬を使っているんじゃないかな?あと食品添加物も使っているから健康にもよくないし、化学合成の添加物だと製造時にCO2を出しているはず。それと牛肉は、牛を飼うときにメタンガスを出すので環境によくないのを知ってる?」
Bさん 「あらら。レトルトカレーはそんなに悪いんだ。知らなかったよ~ でもボク的には牛肉は外せないなぁ・・生活の活力源だからね?」
Cさん 「栄養学的には動物性タンパクも摂ったほうがいいって、友人の管理栄養士さんが言ってたよ。やはり、野菜もお肉もバランスよく食べたほうが健康上よいと思うけどなぁ・・あと食品添加物が健康によくないって完全にフェイクニュースだよ。国が決めた使用基準に基づいて配合量がごく微量なので、健康リスクは無視できると食品安全の専門家が評価しているって。SNSでは拡散しないようにしたほうがよいよ・・」
Aさん 「(気にせず・・)最近フードテックが注目されていて、お肉の代替食が開発されているんだ。さっき話したカレーライスにも、フランスから輸入したオーガニックの大豆ミートハンバーグを使うことにしたんだ。最近、トイプードルを飼い始めたんだけど、やっぱり動物福祉(アニマルウエルフェア)にも配慮しないといけないよね?」
Cさん 「うーん。動物福祉は価値観の違いかと。SDGsの目標にもあがっていないし・・コンパニオンアニマルのイヌ/ネコなら擬人化して可哀そうだという気持ちもわかるけど、最終的にお肉になる家畜の場合、動物の生命を犠牲にすることが大前提なので、畜産物を食べる限りは動物福祉を議論する立場にないと思う」
Bさん 「そうか・・ボクは牛肉を食べるので、ウシの動物福祉を語れないということだね。じゃぁ、Aさんは、動物食を今後一切やめてヴィーガンになるってこと?」
Aさん 「お肉はやめるけど、タマゴはカレーライスにかけて食べるよ。動物性タンパクも少しは摂らないと栄養によくないんだよね?」
Cさん 「タマゴも動物の命だけど、それは食べてもOKなんだ?もっと極端な話、植物だって生物だから、ボクたち人間は、ほかの生物の生命を犠牲にして、食物として摂取しないと生きていけないってことを覚悟する必要があると思う」
Bさん 「なるほど。ボクの場合、動物福祉を考えるのは、ワンちゃん・ネコちゃんまでと線引きをしておこうかな・・みんな価値観の違いで線を引く位置が違うんだから、お互いの価値観を尊重しないといけないということだね?」
Aさん 「うーん。ボクもやっぱりベジタリアンはやめて、お肉も食べようかな~」
Bさん 「ちなみに、Aさんのさっきの大豆ミートハンバーグ・カレーの話をきいてると、かなりお値段が張りそうだけど・・結局、おいしく食べられたの?」
Aさん 「なんとかね。たしかに値段はかなり割高になったのと、牛肉カレーに比べたら味は落ちるかなぁ・・でもまぁカーボンニュートラルが大事だから仕方ないよね。あと循環型農業の野菜が届いたときに一部腐ってたんだよね。まぁ無農薬なんだから仕方ないかって、カビが出ていないものだけを使って、カレーライスとサラダにして食べたよ」
Cさん 「うーん。一部腐っていた野菜なら、きれいに見えた部分も食中毒菌やカビがいたかもしれないね。流水でしっかり洗って食べたかな?下痢とかにならなかったならいいけど・・」
Aさん 「ノーコメント」
Bさん 「オーガニック野菜は高温多湿の日本では、なかなか栽培が難しいっていうよね?でも農薬や化学肥料の使用量をできるだけ減らす努力は今後も必要だし、そのためにも遺伝子組換えやゲノム編集作物の品種改良が重要ということだろうね」
Aさん 「やっぱり脱炭素社会を目指すためには、すべての市民が二酸化炭素排出をできるだけ抑制する消費行動をすべきで、それが”エシカル消費”ということ。地球温暖化が気候変動や異常気象の原因とすると、今後カーボンニュートラルを確実に進めないと、われわれの生存リスク自体が脅かされることになるからね」
Cさん 「Aさんに対してはちょっと批判的になるけど、率直に指摘するね・・ オーガニック野菜を購入して料理すること自体が悪いとは言わないけど、一部が腐ってしまったら、健康を害したりカロリーが減る/味が落ちるなどの価値損失にもなる。結局腐った野菜を廃棄したら食品ロスにもなるので、環境によいとは言えなくなるのでは?あとフランスから購入した加工食品の大豆ミートハンバーグは、製造時や輸入運搬時に二酸化炭素を排出しているはずだし、ウシのメタンガス排出については、コメの栽培でもメタンガスが排出されるとの話もあると聞いた。そう考えると、Bさんの食べているレトルトカレーと比較して、どうなんだろうね・・」
Bさん 「そうなんだよね。実はボクが食べているレトルトカレーの野菜は地産地消の原料を使っていて、牛肉も持続可能な酪農に配慮した「SDGsビーフ」とのこと。あとレトルトパックの製造工場は、すべて自前の再生可能エネルギーで駆動しており、水も循環して再利用しているらしい」
Aさん 「それはすごいね。Bさんの食べているレトルトカレーの方が、手間もなく値段も安いので、そっちの方が”エシカル消費”と思えてきた。牛肉も食べたくなってきたなぁ・・」
Cさん 「消費者市民のひとりひとりができる環境対策には限界があることも考慮して、目の前の健康リスクや価値損失リスクが大きくならないように注意が必要だね」
以上のエピソードを読んでいただき、自分はどの程度、この”エシカル消費”が適正にできていると思われたであろうか。消費者庁のホームページに、SDGsをもとにこの”エシカル消費”が解説されているので、詳細を知りたい方はご参照いただきたい:
◎エシカル消費とは(消費者庁ウェブサイトより)
https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_education/public_awareness/ethical/about/
今回のエピソードの会話の中で、Cさんがあえて吟味的思考(クリティカルシンキング)によりAさんの”エシカル消費”に対して、いくつか課題を指摘する流れとなっている。要は、50年後・100年後の環境リスクに配慮するあまり、「リスクのトレードオフ」として軽視してはならないはずの健康リスクや価値損失リスクを見失わないようにすべきということだ。
Aさんが循環型農業の農家から直接購入したオーガニック野菜が、環境にやさしいのはよいとして、もしO157やサルモネラに汚染していたらと考えると、その健康リスクは決して小さくないわけで、そこに筆者が「安全第一、安心は二番目であるべき」と常に唱えている理由があるわけだ。そのほか価値損失リスクという観点でも注意すべきは、環境にやさしいとうたいながら、法外に高額であったり、味が最悪の品質粗悪品を販売する詐欺まがいのケース(いわゆる”なんちゃってSDGs”)だろう。
カーボンニュートラルの取り組みは、社会全体で二酸化炭素排出量抑制の数値目標を業界ごとに分担して決めないと、一部の市民や一部の事業者ばかりが闇雲に進めても、地球温暖化を止めるような閾値/インパクトにならないのは当然だ。もともと二酸化炭素排出量が小さな業界では、数値目標をもうけて二酸化炭素排出量をたとえ半分にしたとしても、環境にあたえる影響はゼロなので、そのために商品価値を下げたり、環境対応のコストを価格に添加するのはナンセンスだ。
いやいや、環境対策は積み重ねなので、すべての市民や事業者/業界が取り組むべきとの考え方もあるだろう。たしかに食品ロス削減や太陽光発電の導入などは、すべての市民が家庭で取り組める課題ともいえる環境対策なので、市民向けの啓発が必要と考えるが、二酸化炭素排出量に関しては、やはり業界ごとに年度の数値目標をもうけなければ、実質的な環境対策の効果は見えてこないものと思う。この業界ごとの数値目標に対して、選択しようとしている食品の製造事業者が、どの程度その業界の数値目標をクリアしているかが見えると、そのデータをもとに本当の意味での”エシカル消費”が可能になるものと思う。
以上、SFSSでは、食の安全・安心にかかわるリスクコミュニケーションのあり方を議論するイベントを継続的に開催しており、どなたでもご参加いただけます(非会員は有料です)。なお、当日ご欠席でも事前参加登録をしておけば、後日、参加登録者とSFSS会員限定のアーカイブ動画が視聴可能ですので、参加登録をご検討ください:
◎SFSS食のリスクコミュニケーション・フォーラム(4回シリーズ)
第3回:『科学報道のリスコミのあり方』(8/28、Zoom) 開催案内
http://www.nposfss.com/riscom2022/index.html
◎SFSS食の安全と安心フォーラム第23回(7/17、Zoom) 開催速報
『食品製造における微生物制御の現状と今後の展望』
http://www.nposfss.com/cat9/sfss_forum23.html
【文責:山崎 毅 info@nposfss.com】