リスク低減策は消費者市民の合理的選択に資するべし

[2018年1月17日水曜日]

“リスクの伝道師”ドクターK(山崎 毅)です。先月は、村中璃子医師が医療ジャーナリストとして地道に発信して来られたHPVワクチンの安全性(副作用リスク)と有効性(子宮頸がんのリスク低減効果)に関するエビデンス情報が「リスクのトレードオフ」に基づいて考察するとわかりやすい、という解説をしました。今月はさらに、消費者市民がリスク低減策を合理的に選択するためのリスクコミュニケーション(リスコミ)について考察したいと思います。

HPVワクチンの場合、年間3000人が死亡する子宮頸がんの発症原因がおもにHPV感染によるものだとの科学的事実をもとに、ワクチン接種による死亡リスク低減効果が絶大であることと比較して、ワクチンの副作用による健康リスクはその重篤度も発生頻度も非常に小さい(もしくは因果関係不明)と専門医たちが評価している。それでもHPVワクチンの副作用が怖いので接種は回避したいという選択肢ももちろんありなのだが、ワクチン忌避による子宮頸がん発症リスク/子宮を失うリスク/死亡リスクは思いのほか大きいという正確なリスク情報を少女たちに伝えたうえで、どちらのリスクをとるのかという合理的選択を促すべきだろう。

これは、たばこによるがん発症リスクを低減するために禁煙を促す際にも、同様のリスコミができるように思う。喫煙者が禁煙を実行することで、10年後には喫煙者の肺がん発症リスクの約半分になるという。このリスク低減効果はかなりインパクトが大きく、肺がんで早死にしてもかまわないと思う方はいないはずなので禁煙に踏み切れそうなものだが、実際なかなかそういかない理由は、あくまで確率の問題なので自分だけは肺がんにならないのではと楽観的に考えてしまうのと、禁煙することによるストレスがむしろ大きな健康リスクになると思っている方々も多いのではないだろうか。

禁煙によるストレスが原因で胃がんの発症リスクが高くなるのではないかと考えると、まさにリスクのトレードオフで肺がんのリスク低減策として禁煙をしたのに結局胃がんになってしまっては元も子もないということになる。ただ、ストレスが胃がん発症の原因となることも確かだが、同時にたばこを吸うこと自体も胃がん発症と正の因果関係があるというリスク情報をお伝えすることにより、もしかしたら喫煙によるストレス解消では胃がんのリスク低減に働かず、むしろリスク増強になる可能性も十分にあると理解できないだろうか。厚生労働省の喫煙の健康影響に関する検討会(2016年)が発表した「たばこを吸っている本人がなりやすいがんの種類(科学的に明らかなもの⇒レベル1:科学的証拠は、因果関係を推定するのに十分である)」の判定結果を以下のサイトで参照されたい:

◎たばことがん もっと詳しく知りたい方へ(国立がん研究センターがん情報サービス)
https://ganjoho.jp/public/pre_scr/cause_prevention/smoking/tobacco02.html

このサイトでも紹介されている通り、日本人の喫煙率はここ20年で男性が約50%から30%に、女性も約10%から8%と下降しており、リスク低減のためのサイエンスコミュニケーションやタバコ税増税がそれなりに奏功しているように見えるが、もしかしたら自分自身のリスク低減だけでなく、愛する家族や職場の仲間たちへの受動喫煙による肺がんリスク(上述の国立がん研究センター情報サイトでも因果関係の科学的根拠は「レベル1」)もインパクトが大きいかもしれない。自分自身のがん発症はあきらめもつくが、愛する妻や子供たちが自分の喫煙のせいで肺がんを発症したとなると、その精神的ダメージは計り知れず、後悔しても後悔しきれないのではないか。

これはHPVワクチンに関しても同様で、自分の娘がHPVワクチンによるリスク低減策を選択しなかったことで、もし子宮頸がんを発症し子宮を失うことになるかもしれないと考えると、村中医師が積極的にリスコミを展開しておられるのも公衆衛生学上支持されるべきであろう。このあたりの発がんリスク低減策は、できるだけ広く学術啓発活動が展開されたうえで、消費者市民がリスク低減策を合理的に選択できる社会にすべきものと考える。上述の国立がん研究センター情報サイトによると禁煙によるリスク低減が可能な疾患は肺がんだけでなく、口腔・咽頭、喉頭、鼻腔・副鼻腔、食道、胃、肝臓、膵臓、膀胱および子宮頸部のがんまで広くカバーし、がん以外でも脳卒中・虚血性心疾患・呼吸器疾患・妊娠異常などに関してたばことの因果関係の科学的根拠が「レベル1」としている。

もう20年以上前に筆者はがん予防の天然成分研究に従事していたのだが、ヘビースモーカーの先輩から「たばこを止めたほうがいいだろうか?」と相談されたことがある。その際に筆者は「もう30年以上もヘビースモーカーでお元気なら、十分たばこの発がん物質に対する抵抗力をお持ちなのだから、止めなくてよいのでは」と答えてしまったのだが、その先輩が数年後にすい臓がんで亡くなられたときには大きなショックを受けた。なぜあの時に研究者として「禁煙することが発がんリスク低減につながりますよ」と適切なアドバイスできなかったのか。30年間がんを発症しなかったからといって、ヘビースモーカーの発がんリスクが決して小さいわけではない。「リスク」とは過去の事故実績に関係なく、将来の危うさ加減を評価するモノサシなのだ。

今回のブログで最も強調したいことは、がん・心血管疾患・糖尿病など死亡リスクの高い疾患のリスク低減因子に関して食事バランス・適度な運動・禁煙などの生活習慣改善は当然のことながら、「三つ子の魂百まで」と考えると時間に追われる現代人にとってのハードルは高いため、さらに積極的なアプローチ、たとえば保健機能食品や代替療法などについても、その安全性と有効性に関するソリッドなエビデンス情報(ヒト介入試験にて群間有意差ありなど)が認められるなら、消費者市民がこれらを合理的に選択する権利を奪うべきではないということだ。

最近、トクホや機能性表示食品の科学的エビデンスに関して有効性を疑問視するような週刊誌報道が散見されているが、リスク低減のために長期的摂取を必要とする機能性食品は、安全性の高さを確保するためにもエフェクトサイズの大きな有効性=いわゆる医薬品のような「キレ」を求めてはいけないのだが、エフェクトサイズが小さいものは臨床試験で群間有意差が統計学的に認められている機能性関与成分まで無効かのような評価が語られていることは大変遺憾である。消費者市民が自らの疾患リスク低減のため合理的選択に資するべきエビデンス情報に対して、何の反証もなしに異論を唱えていることにならないか。リスク低減策に関しては、あくまで科学的エビデンスを消費者市民がどうとらえて選択するのかに任せるべきと、強く主張するところである。

以上、今回のブログでは消費者市民がリスク低減策を合理的に選択するために必要なエビデンス情報の重要性について解説しました。SFSSでは、食の安全・安心にかかわるリスクコミュニケーションの学術啓発イベントを継続的に実施しておりますので、SFSSホームページにてご参照ください:

◎食のリスクコミュニケーション・フォーラム2017(4回シリーズ)活動報告
http://www.nposfss.com/cat1/risc_comi2017.html

(文責:ドクターK こと 山崎 毅)

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