[2017年3月8日水曜日]
“リスクの伝道師”ドクターKです。このブログでは食品のリスク情報とその双方向による伝え方(リスクコミュニケーション)について毎回議論していますが、今月もいまだ混迷が続く東京都中央卸売市場の豊洲移転問題について、都民の「食の安全」に関わるリスコミ事例として解説してみたいと思います。
筆者は広島出身/広島カープファンなので、昨年は25年ぶりのリーグ優勝に大いに盛り上がったのだが、元々スポーツ観戦は大好きでこのブログでも何度かスポーツにおける「リスク談義」を展開したほどである。最近は野球観戦にヒートアップぎみだが、昔からサッカーのTV観戦にはまっていた時期もあり、先日逝去された岡野俊一郎さんの名物解説(テレビ東京系列の三菱ダイヤモンドサッカー)が大好きだった。ジーコ・ソクラテス・プラティニの後、マラドーナ・ルンメニゲらが活躍した栄光の時代だ。
今年の日本サッカーもJリーグが開幕したばかりだが、サッカーの審判員、とくに笛を吹く主審は過酷な職業だなあ、といつも感心する。1試合の前後半だけで90分、選手たちとともにピッチを走りぬく体力も必要だが、それにもまして1点の重みが非常に大きいゲームで、微妙な判定の笛を吹かないといけない精神力が求められる。ペナルティエリア内での微妙なラフプレイに対してファウルを宣告すれば、PKにより決定的な1点を献上する可能性が格段に高いため、両チームの熱狂的サポーターも非常に厳しい目で主審の判定をみつめている。
サッカーのルールに詳しい方々には説明が不要とは思うが、この主審が判定するファウル(サッカー競技規則第12条:「ファウルと不正行為」)において、暴言や不正行為などスポーツマンシップに反する非紳士的行為とみなしたときには「イエローカード」を示して警告を宣告したり、またその警告が同じ選手に2度出されたり、暴力行為など著しく非紳士的行為や選手の大怪我につながるような危険行為とみなした場合は「レッドカード」で選手を退場に処す絶対権限をもつ。
今回は皆さんに、「食の安全」に関わる”リスクの審判員”になっていただき、食のリスクの大小をイメージして、リスクが大きい場合はファウルを宣告してもらいたい。さて、以下の2つのリスクは「食の安全」の観点から考えて、どちらが「レッドカード」だろうか?
①ノロウイルスに汚染され、回収の対象となった「きざみ海苔」
②地下水が環境基準の79倍のベンゼンに汚染された豊洲市場の生鮮食品
もしこの判定で、②にレッドカードを出した方は審判員の研修会を受けなおしたほうがよい。サッカーの試合において「選手の大怪我につながるような危険行為」とみなした場合、主審は一発退場の「レッドカード」を宣告するのだが、上記の2つのリスクを比べた場合に、重篤な健康被害につながる確定的健康影響リスクは明らかに①の方である。あなたが普段から生ガキをよく食べていてノロウイルスの抗体をもっていれば①を食しても症状は出ないかもしれないが、そうでなければ下痢・おう吐などの食中毒症状に襲われるであろう。ノロウイルスによる食中毒で直接的死亡事故はないものの、高齢者がおう吐症状により誤嚥などを起こすことで間接的死亡原因になることはあるそうなので、決して軽く見ることはできない。
このようにすぐさま実害が起こりうる食品衛生上のリスクに対しては、一発退場の「レッドカード」でピッチ(市場)から追い出す必要がある。だからこそ食品の回収命令が出るわけだ(今回は業者による自主回収となっているが、保健行政からの指示によるものと推測される)。昨今、食品の自主回収が頻繁に行われている中で、ラベル表示の誤りや健康被害が想定されない異物混入など危害性が低いものがほとんどであったが、
今回のノロウイルス汚染は食中毒という確定的健康影響につながりうるため、できるだけ市民への注意喚起/回収への協力要請が必須だろう。
◎消費者庁リコール情報サイト
東海屋「焼きのり:キザミのり2ミリ青 他4品目」
(賞味期限:2017年12月1日~2018年2月5日) – 回収
http://www.recall.go.jp/new/detail.php?rcl=00000017309
皆さんも、ご家庭に買い置きしているかもしれない焼きのり(とくに「もみのり」)が該当品でないか至急ご確認いただき、もし該当品をみつけたら東海屋さんに着払いで送ってほしい。「レッドカード」で退場を宣告された選手が、いまだにピッチ上にいられては困るのだ。あと送り返すのが面倒だから、そんな汚染されたのりは捨ててしまうとしたら、それも誤りだ。該当品が捨てられてしまうと回収率があがらないので、いつまでも市場に汚染された食品が残っているかもしれないという気持ち悪い状況が続くことになる。これも社会全体にとってはよくないので、リコールにはすべての消費者市民の協力が不可欠となる。
さて上述の2つのリスクに話をもどそう。①のノロウイルス汚染食品が「レッドカード」として、②「地下水が環境基準の79倍のベンゼンに汚染された豊洲市場の生鮮食品」に対して、あなたが”リスク審判員”なら、どのような判定をくだすだろうか。
筆者なら「イエローカード」を宣告する。
「なんだ、やっぱり豊洲市場もリスクが高いじゃないか」と思われた方もおられるだろうが、答えは逆だ。「地下水が環境基準の79倍のベンゼンに汚染された豊洲市場の生鮮食品」の健康影響リスクは限りなくゼロに近く、社会的に許容範囲、すなわち「安全」である。いやいや②は将来ガンになったら死亡するのだから、健康被害の重篤性が大きいじゃないかと考えた方は、たとえもし地下水から気化したベンゼンが市場の生鮮食品を汚染したとしても、20年-30年後の発がん率が10万人に1人増えるかどうかというレベルの確率的健康影響を心配していることになる。なにしろ外部環境の地下水がこの程度のベンゼン汚染濃度では、豊洲市場内の生鮮食品に何の影響も起こりえないからだ。距離が遠すぎて、まったくリスクに変化なし。東京都内の大気中のベンゼン濃度のほうがよほど高いことを考えても、相対的にみて健康影響はないと考えるのが妥当だ。すなわち「ノー・ファウル」という判定だ。
「うん?では何故にイエローカード?」と思った方は、サッカー通ではないかも・・
筆者の判定は、オフェンス側に対する「イエローカード」=「シミュレーション」なのだ。「シミュレーション」という反則は、実際はディフェンダーがまったくファウルをしていないのに、攻撃側がわざと大げさに転んで審判を騙すことでPKを取ろうとする、もっとも品のない不正行為だ。「シミュレーション」で「イエローカード」を受けた選手は、卑怯なプレーだとして大きなブーイングを浴びることを覚悟しないといけない。
豊洲市場の地下水のベンゼン汚染の件を1/14の専門家会議以来、誇張して政治イシューに利用した政治家の方々、大げさに報道して豊洲市場の風評被害をまき散らした方々に、「シミュレーション」という「イエローカード」を進呈したい。これからはぜひフェアプレーでお願いしたいものだ。
さあでは、築地市場に対して”リスク審判員”はどんな判定をくだすのだろうか。
筆者が主審なら、残念ながら豊洲市場のような「ノー・ファウル」とは言えず、築地市場は食品衛生上の小さなファウルがオンパレードという印象だ。大きな食品事故が発生していないのは、市場で働く業者さんたちの職人芸によるところが大きく、「イエローカード」は出ないものの、現場の食品衛生監視員さんたちの不断の努力により、綱渡りが続いている状況なのだろう。ただ、食の安全のプロにかかると「イエローカード」を出す方がいてもおかしくないように思う。先月のブログでもご紹介した食品衛生監視員の小暮氏の解説を参照されたい:
・「卸売市場の食品衛生 環境があるべき姿」
~SFSS緊急パネル討論会『豊洲市場移転に関わる食のリスクコミュニケーション』(2016.12.20)
小暮 実(食品衛生監視員)
http://www.nposfss.com/cat7/toyosu1220_kogure.html
これまでのブログでも述べたとおりだが、「食の安全」の専門家が現在の築地市場と豊洲市場の見込みをリスク比較した場合には、右図のように豊洲市場の方が「健康リスクが小さい」=「安全性が高い」と明確に述べている。その最大の理由は、中央卸売市場の「食の安全」は地下水の汚染状況など外部環境ではなく、市場内の食品衛生環境に強く依存するからだ。
教訓:「木を見て森を見ず。地下水を見て市場の食品衛生環境を見ず」
先週ついに石原慎太郎元都知事による記者会見が開かれたが、記者たちからの手厳しい(というか、あまりにも無礼千万でこれこそ「イエローカード」を突きつけたかった)質問の嵐に対しても決してひるまず、「科学者が豊洲市場は安全だと言っている」「豊洲を放置するのは科学が風評に負けたことになる」と強調されたことは本当によかった。「座して死を待つつもりはない」という石原さんの執念が、豊洲市場移転を躊躇していた都民や市場関係者の背中を押した可能性は十分にあると信じたいものだ。
以上、今回のブログではサッカーの”審判員”にたとえて、リスク評価を正確にイメージするリスコミを試みました。SFSSでは、食品のリスク管理やリスコミ手法について学術啓発イベントを実施しておりますので、いつでも事務局にお問い合わせください。また、弊会の「食の安全・安心」に関する事業活動に参加したい方は、SFSS入会をご検討ください(正会員に入会いただくと、有料フォーラムの参加費が1年間、無料となります)。 よろしくお願いいたします。
◎SFSS正会員、賛助会員の募集について
http://www.nposfss.com/sfss.html
(文責:ドクターK こと 山崎 毅)