[2015年11月18日水曜日]
このブログでは食品のリスク情報とその双方向による伝え方(リスクコミュニケーション)について毎回議論しているが、今回は最近IARC(国際がん研究組織:WHOの配下組織)が発表した食肉(赤肉)・加工肉の発がん性に関する発表に関連して、栄養バランスとその健康リスクを考察したので、ご一読いただきたい。
まずは、10月26日に発表されたIARCのプレスリリースの内容は以下のとおりだ:
この度、国際がん研究組織(IARC)は、赤肉(Red Meat:牛肉・豚肉・羊肉などの食肉類)をGroup2a=「ヒトに対しておそらく発がん性がある」(ヒトで限定的証拠あり/実験動物で十分な証拠あり)に、また加工肉(Processed Meat:ハム、ベーコン、ソーセージほか)をGroup1=「ヒトに対して発がん性がある」(ヒトで十分な証拠あり)に分類すると結論付けた。
◎IARC Monographs evaluate consumption of red meat and processed meat(2015/10/26)
http://www.iarc.fr/en/media-centre/pr/2015/pdfs/pr240_E.pdf
ここで重要なことは、IARCはあくまで環境中の発がん物質を科学的証拠の度合いにより判定/分類する国際機関であって、がんリスクの大きさを評価する機関ではないということだ。すなわち上述のグループ分けは、あくまで科学的証拠の強さによるリストであり、同じ「Group 1」でもヒトへのがんリスクが同等というわけではない。その意味でも今回、「加工肉はタバコやアスベストと同等の発がん性」というような一部の報道は明らかに誤りであり、加工肉の摂取量(暴露量)によってもがんリスクの大小が変わってくるのは当然だ。この科学的証拠の強さによる発がん性ハザードの分類リストは以下のサイトで確認できる:
◎ウィキペディア 「IARC発がん性リスク一覧」
この一覧も、厳密にいうと「発がん性リスク」という名称がリスクの大きさによる分類かと誤認を招きそうでよくないが、少なくともわれわれの身の回りにこれだけ沢山の発がん性が疑われるハザードが存在することを認識していただくにはよいものだと思う。たとえば、おそらくたくさんの方々が楽しまれているアルコール飲料も、ヒトでの発がん性の証拠が十分にあるとして、IARCのGroup1に分類されていることがわかるが、これも明らかに過剰摂取によるエビデンスの多さによるもので、お酒は少量ならむしろ健康的(「酒は百薬の長」)との報告も多いはずだ。
筆者がよく講演でお話させていただくのは以下のとおりだ:「われわれが毎日食べている食品の中には、天然物である限り必ず発がん物質が含まれる。ただその発がん物質の摂取量が少なければ無視できるし、抗発がん物質も同時に含まれるのでバランスがとれていれば、それが大きな発がんリスクになることはない。野菜や果物をしっかりとっていればがんリスクは相対的に低下するが、お肉類や油を摂りすぎるとがんリスクがあがるということは、世界のがん研究者たちの間では常識だ」
上述のIARCの発表を受けて日本の国立がんセンターが、本発表の解説ならびに、日本人のがんリスクが心配するレベルでないとの見解を発表しているので、以下のサイトを参照されたい:
◎【情報提供】赤肉・加工肉のがんリスクについて/国立がんセンター(2015/10/29)
http://www.ncc.go.jp/jp/information/20151029.html
今回、IARCが赤肉/加工肉と大腸がんの相関を解析したメタアナリシスにおいて、加工肉の摂取が1日50g増えるごとに大腸がんが18%増えると結論しているが、このリスク評価には若干の疑問が残る。彼らが抽出した9つの疫学研究論文を調査したところ、6つの論文では加工肉摂取と大腸がん発症に有意な相関はない(結果ネガティブ)としているにもかかわらず、 残り3つの論文結果で加工肉の摂取と大腸がん発症に正の相関があったという結果を統合して、その数字を算出したようだ。
ただ、本メタアナリシスの大腸がんに関する解析に日本での疫学研究は含まれていないこと、また国立がんセンターの見解でも日本人の通常の加工肉摂取の範囲内ではがんリスクを心配するレベルではないとしていることから、むしろ栄養の偏りも含めた生活習慣の問題を解消することのほうがガン予防のポイントとしては重要であることを認識すべきだろう。
筆者が普段主張していることとして、一般消費者が過敏になりがちなハザード(食品添加物、農薬、放射性物質、遺伝子組み換え作物など)よりも、食品そのものの栄養の偏りがもたらす健康リスク(RNU:Risk of Nutritional Unbalance)の方がはるかに大きいということを認識してほしいとうったえている。
菓子パン・クッキー・植物油などに含まれるトランス脂肪酸も、米国FDAが硬化油を3年後にGRASから削除すると発表しただけで、非常に危険な物質かのように報道されるケースを散見するが、トランス脂肪酸自体は通常の畜産物にも含まれる脂質であり、これもあくまでRNUの問題であることは明白だ。日本人の通常の食事をしている限りはまったく心配の必要はなく、米国での措置は米国民の栄養のアンバランスが心血管疾患の発症に影響するほど深刻だから執行されたものだ。トランス脂肪酸について詳しく知りたい方は、以下のQ&Aを確認されたい:
◎食の安全・安心Q&A
Q(消費者): 米国で、トランス脂肪酸が健康によくないとして、ある種の加工油脂が使用禁止になったようですが、日本でもトランス脂肪酸は問題なのでしょうか?
http://www.nposfss.com/cat3/faq/q03.html
また、前述の食肉・加工肉の発がん性分類発表に話題をもどすと、筆者が最も危惧するのは「リスクのトレードオフ」の問題だ。すなわち、今回の発表を目にした消費者が、食肉や加工肉を避けることで、むしろ十分なタンパク質・ビタミン・ミネラルなどの摂取が不足し、とくに中高齢者でサルコペニア(骨格筋量・筋力低下症候群)、ロコモティブシンドローム、脳卒中などのリスクがあがるというような本末転倒が起こることだ。あるリスクに対して過敏になりすぎてそれを避けることで、もっと目の前の大きなリスクを見逃してしまうことが「リスクのトレードオフ」だ。飛行機は墜落したら死んでしまうので、車で行こうとしたら、実は車で事故死するリスクのほうがはるかに高い・・というようなイメージだ。
今回の国立がんセンターからの見解のとおり、IARCが一部の疫学研究結果を重視してヒトでの発がん性の根拠ありとした判定については重く受け止めつつも、現在の日本人の通常の食事であれば、加工肉や食肉のがんリスクはそれほど高くないということなので、毎日加工肉ばかりを食べるというような偏った食事でなければ、まったく心配する必要はないと言えよう。
以上、今回のブログでは、栄養の偏りがもたらす健康リスクについて考察しました。SFSSでは、食品のリスク管理やリスコミ手法について学術啓発イベントを実施しておりますので、いつでも事務局にお問い合わせください:
◎食のリスクコミュニケーション・フォーラム2015(10/25)
第4回『消費者が過敏になりがちな「ハザード」に関してのリスコミ』 速報
http://www.nposfss.com/cat9/risk_comi2015_04.html
また、当NPOの食の安全・安心の事業活動に参加したいという皆様は、ぜひSFSS入会をご検討ください。よろしくお願いいたします。
◎SFSS正会員、賛助会員の募集について
http://www.nposfss.com/sfss.html
(文責:山崎 毅)