”リスクの伝道師”ドクターKです。このコーナーでは、世の中に氾濫する「食薬・医療・健康等に関する報道」が、科学的事実に基づいた記事かどうか、またその言説が社会的に正確性を担保した表現かどうかを検証(いわゆる「ファクトチェック」)するサイトとして新たに立ち上げたいと思います。なお、本サイトで述べる検証結果は、あくまで対象とした記事において報じられた科学的事実の真偽や論じられた言説の正確性について問題提起するものであって、科学的真実の検証ではないことをご承知おきください。
アニメ『名探偵コナン』の名台詞に「真実はいつもひとつ」という言葉がありますが、たしかに食薬・医療・健康等に関する科学的事象(生物医学的、化学的、物理的現象等)についても真実はひとつしかないはずです。ただ、われわれの社会や消費者市民がその科学的真実につながる客観的事実をどう解釈し、許容したり回避したりするかに関して答えはひとつではありません(『真実はいつもひとつ』でも答えはひとつとは限らない http://www.nposfss.com/blog/one_truth.html)
今回、第1回の「食のファクトチェック」として、週刊新潮の2017年3月30日号に掲載された「トクホの大嘘」と題した報道について、掲載されたいわゆるトクホ(特定保健用食品)の商品たちは、科学的エビデンスを消費者庁に提出したうえで機能性表示を許可されたにもかかわらず、それらが「大嘘」「消費詐欺」「デタラメ」などと痛烈な批判を受けたことは尋常ではないため、事実検証とともにこれらの批判的言説が正確性を担保したものかどうかについて以下に考察した。
とくに、すでに多数のトクホや機能性表示食品が市場にて販売されている「難消化性デキストリン」(以下、記事と同様「難デキ」と略す)を機能性関与成分とする特定保健用食品に関して、本記事がその小見出しで『論文はデタラメ』『「魔法の成分」難消化性デキストリンは効き目ゼロだった』などと厳しく指摘しているのだが、その「根拠論文」も含めて「難デキ」の有効性に関するエビデンスを検証してみたい。
まずは「難デキ」の「糖」に対する効果についての評価をみてみよう。記事では、これら難デキ5gを配合したトクホ飲料が「糖の吸収をおだやかにする」、「食後の血糖値が気になりはじめた方に適した飲料」という機能性表示のエビデンスとして申請した根拠論文の試験方法を批判している。すなわち、被験者がトクホ飲料とともに摂取した食事が「からだすこやか茶W」では「きつねうどん・ごはん・ふりかけ」、「食事と一緒に十六茶W」では「大盛りのカレーライス」だったことを「どちらも血糖値のあがりやすい食事をさせている」との指摘なのだが、この臨床介入試験の結果として、トクホ飲料群では対照群と比較して食後血糖値上昇について統計学的に有意な抑制効果を認めたとのことだ。
さらに記事では、ごく日常的な食事をした場合のこれらトクホ飲料の効果を検証した論文として、沼尾成晴らの2010年の論文『特定保健用食品の問題点 : 食後血糖値上昇を抑制する茶飲料の日常生活条件下での効果検討とダンベル体操との効果比較』(日本臨床栄養学会雑誌 31(4), 136-143)をとりあげている。鮭定食、ハンバーグ定食、豚めしなど日常的な食事にあわせて「難デキ」6gを配合したトクホ飲料を摂ったが、食後血糖値上昇の有意な抑制は認められなかったとのことだ(ダンベル体操では有意な血糖値上昇抑制が認められた)。
さて、この2つの相反する結果の臨床論文が客観的事実とした場合に、本トクホ飲料の「食後の血糖値が気になりはじめた方に適した飲料」というラベル表示は、消費者市民にとって役に立つものなのか、それとも害をもたらすものなのか?もしこのラベル表示が時間に追われて食生活が乱れがちな現代の消費者にとって有用であり、社会が許容できるものとすると『トクホの大嘘』、『消費詐欺』『難消化性デキストリンは効き目ゼロだった』という本記事の言説が正確性を担保した報道とは言えなくなる。少なくともトクホを認可した消費者庁の担当者や審議委員会の先生方は、本製品の機能性表示が社会的に許容され、消費者の合理的商品選択に資するものと科学的視野に立って判断されたと察するところだ。
筆者は本サイトの「理事長雑感」でも何度か述べているが、機能性食品のエビデンスに関しては有効性/安全性ともに、たとえ1件の研究論文でも重視すべきと主張している。すなわち、安全性に関しては、たとえ1件の毒性試験データや健康被害情報であろうと厳しい目で精査する姿勢が重要であり、将来にわたって死亡事故など重篤な健康被害が起こりうるようなリスクを見逃さないリスク評価と管理手法が必要だ。他方、機能性食品の有効性も同様、たとえ1件の論文であろうと、機能性関与成分の有効な用量と摂取期間が設けられた介入試験において統計学的有意差が認められた査読付き論文であれば、消費者市民の合理的選択に資するべき情報として、社会が許容することが望ましいと考えている。
しかもその介入試験の機能性データを評価する際には、医薬品の効能を評価するような厳しい目ではなく、食品の身の丈にあった「寛容な機能性評価」が必要と主張している。なぜなら機能性食品のよさは、長期的な摂取に耐えられる安全性を担保しながら、穏やかな生態調節機能を継続的に発現することであり、医薬品ほどの明確な効き目(裏を返せば副作用のリスクあり)を必要としないからだ。そう考えると当然、臨床データを評価する際にも、医薬品のような効果のキレがない食品がゆえに、微妙な有効性を検出する感度が臨床試験手法に要求されるし、評価する側にも寛容さがなければ、現代の消費者市民にとって有用な食品の機能性をみつけだすことはできないとの考え方だ。
なお、前述の「難デキ」の血糖値上昇抑制効果に関しては、トクホ以外にも新たな機能性表示食品制度に則り、消費者庁ホームページに食品事業者が届け出たエビデンス情報が多数公開されており、「難デキ」の血糖値上昇抑制効果に関する文献情報を詳しく閲覧することが可能だ。ひとつの例として、キリンビバレッジ株式会社の「食事の生茶」(届出番号:A2)の届出情報を閲覧していただきたい:
・機能性表示食品「食事の生茶」(届出番号:A2)
販売しようとする機能性表示食品の科学的根拠等に関する基本情報(一般消費者向け)
http://www.caa.go.jp/foods/pdf/A2-ippan.pdf
この科学的根拠等に関する基本情報のP3以降に「3.機能性に関する基本情報」「(2)当該製品の機能性に関する届出者の評価」として、「難デキ」の機能性に関する根拠論文を文献検索により抽出し、研究レビューされた評価結果が記されている。当該製品における機能性表示は3種類であり、A.血中中性脂肪の上昇を抑制する効果(血中中性脂肪上昇抑制効果)、B.血糖値の上昇を抑制する効果(血糖値上昇抑制効果)、C.お腹の調子を整える効果(整腸効果)であるが、その中でも血糖値上昇抑制効果については、p5の<血糖値上昇抑制効果:B>に研究レビューのまとめが載っており、以下のとおり結果が要約されている:
⑤-B 主な結果
糖質を含む食事とともに難デキを摂取した場合に、血糖値上昇抑制効果があるとした論文は55報であり、効果がないとする論文は1報であった。
⑥-B 科学的根拠の質
血糖値上昇抑制効果の検証という目的に、1報を除き評価した全ての論文の研究デザイン(試験方法等)が適合していることを確認した。正確性の観点から研究デザインの質を評価したところ、最も質が高いレベルと判断できた論文は56報中27報であり、臨床試験の規模(例:被験者数)は、総じて一般的な食品摂取試験と同等であった。
また、血糖値上昇抑制効果が確認された論文が56報中55報であることから、効果があるという結果には一貫性があると判断した。(後略)
⇒ すべての採用文献情報(56報)は機能性の根拠を詳しく解説した公開情報のP35~別紙様式(V)-7で確認できるので、各論文が査読付きの臨床論文であり、「難デキ」の効果を認めたものが56報中55報であったとの事実が掲載されている:
http://www.caa.go.jp/foods/pdf/A2-kinou.pdf
この研究レビューは、届出事業者であるキリン株式会社が実施した文献検索に基づくまとめ情報ではあるものの、過去の文献情報を網羅的に抽出した客観的科学情報=ファクトであることは間違いなく、科学的根拠として信頼できるものと評価してよいだろう。「難デキ」を使った査読付き臨床論文55報で血糖値上昇抑制効果を認めている事実を科学的に評価すると、週刊新潮記事が「難デキ」のトクホを対象として『難消化性デキストリンは効き目ゼロだった』との言説はファクトに反する「フェイクニュース」と言わざるをえない。
また、当該トクホ飲料の「糖の吸収をおだやかにする」、「食後の血糖値が気になりはじめた方に適した飲料」という機能性表示に関しても、当該製品を用いた臨床介入試験において有意な効果が認められていることに加えて、機能性関与成分の「難デキ」についても十分な肯定的科学文献情報が蓄積されていることを考えると、社会的にも許容されるべきであり、消費者の合理的選択に資するべき有用情報との判断が妥当であろう。すなわち、本記事が「難デキ」のトクホを対象として『大嘘』『消費詐欺』『論文はデタラメ』とした言説もまったく的外れなものとの結論だ。
なお、「難デキ」に関するもうひとつの機能性表示「脂肪の吸収抑制」に関しても、基本的には同じような考察が可能であり、当該トクホ飲料を用いた臨床試験において、脂肪吸収抑制が有意に確認された事実があるのであれば、『難消化性デキストリンは効き目ゼロだった』との言説はファクトに反すると言わざるをえない。
また前述の機能性表示食品「食事の生茶」(届出番号:A2)の届出情報においても、A.血中中性脂肪の上昇を抑制する効果(血中中性脂肪上昇抑制効果)についての研究レビュー( http://www.caa.go.jp/foods/pdf/A2-ippan.pdf p4~)から、「難デキ」に関する肯定的臨床論文が14報公開されていることから、「血中中性脂肪が高めで脂肪の多い食事を摂りがちな方に適した飲料」との機能性表示は十分社会が許容すべきものであり、「難デキ」のトクホ飲料を『トクホの大嘘』『消費詐欺』とした週刊新潮の言説は正確性を欠くものとの結論だ。
いずれにしてもトクホや機能性表示食品などの保健機能食品に関しては前述のとおり、その機能性に関して科学的根拠が査読付き臨床論文にて示されている限り、それを寛容に評価する姿勢が重要であり、消費者がエビデンス情報をもとに合理的選択をする余地を残すべきと考える。すなわち、現代社会に生きる消費者市民が機能性食品を「試してみたい」という可能性=希望の部分を尊重すべきなのだ。もちろん本記事にて科学者の先生方より厳しく指摘されている内容に関して、たしかに臨床試験の手法や機能性データのプレゼン手法に脆弱な部分があるのは理解できるが、あまり厳しく評価する手法はもともと食品にはそぐわないと考える。ただ、まったく臨床エビデンスのない「いわゆる健康食品」は、消費者に対して必要な安全性/機能性データを提供しておらず、どれだけの量をどのくらいの期間摂ったら役に立つのか不明なため、社会が機能性表示だけでなく、効果を暗示する広告・CMも認めるべきではないだろう。
また筆者は、機能性に関しては寛容に評価すべきと主張したが、安全性に関しては厳しく規制をかけるべきと以前より主張しており、とくにサプリメント形状の機能性食品に関してはGMPによる製造を義務化すべきと考えている。サプリメント形状の食品で、もし不純物が混入したまま市場に出回ってしまうと大きな健康被害につながるリスクがあり、しかもそれが全く消費者の五感で判別できない点に大きな問題があるのだ。サプリメント形状の健康食品を扱うメーカーの方々は、製造施設に関して必ずGMP認証をとっていただくよう、切にお願いしたい。
以上、今回初めて「食のファクトチェック!」(食薬/健康報道検証サイト)を試みましたが、いかがだったでしょうか。今後さらに事実検証すべき食薬・健康関連の報道がありましたら、ご意見・ご要望をいただきたく思います。SFSSでは、「食の安全・安心」やリスクコミュニケーションを中心に学術啓発イベントを実施しておりますが、本コーナーのような食薬・健康に関連した科学報道についても議論をしていきたいと思いますので、いつでも事務局にお問い合わせください。
また、弊会の「食の安全・安心」に関する事業活動に参加したい方は、SFSS入会をご検討ください(正会員に入会いただくと、有料フォーラムの参加費が1年間、無料となります)。 よろしくお願いいたします。
◎SFSS正会員、賛助会員の募集について
http://www.nposfss.com/sfss.html
◎食のリスクコミュニケーション・フォーラム2017(4回シリーズ)
『市民の食の安全・安心につながるリスコミとは』
http://www.nposfss.com/riscom2017/index.html
(文責:ドクターK こと 山崎 毅)