食中毒統計ではわからないリステリアの食中毒リスク(2023年5月20日)

五十君靜信

学校法人東京農業大学 食品安全研究センター長/総合研究所教授
五十君靜信

 リステリア モノサイトゲネス(Listeria monocytogenes)は、河川水や動物の生息環境など自然界に広く分布する。1980年代以前までは動物の感染症の原因菌と考えられており、反芻獣(牛、羊など)の流産や脳炎の原因菌として認識されていた。1980年代に集団事例が報告され、人の脳髄膜炎や敗血症の原因、流産の原因となることが判明し、食中毒起因菌として注目されるようになった。本菌を原因とするリステリア感染症は、健康な人では発症に至る摂取菌数は106個以上と高く、人から人への感染は起こりにくいと考えられており、FAO/WHOの専門家会議のリスク評価書によると、主な感染経路は食品と考えられている。

 リステリア感染症は、FAO/WHOの専門家会議のリスク評価書によると、非侵襲性と侵襲性の2つに分類されている。非侵襲性のリステリア感染症では、いわゆる“インフルエンザ様症状”を示す。すなわち発熱、頭痛、悪寒などの症状が観察され、時には急性の胃腸炎症状が見られることがある。一方、侵襲性リステリア症では、髄膜炎や敗血症などの重篤な症状を示し、発症した場合の致死率は、20~30%である。一般に非侵襲性のリステリア感染症が診断されることは稀であり、侵襲性のリステリア感染症が、“リステリア症”と認識されている。

 わが国のリステリア症の患者数については、公的な統計がないため明らかになっていなかったが、2000年前後に行われたアクティブ・サーベイランスにより年間83名(100万人当たり0.65名)と推定された。その後、厚生労働省院内感染対策サーベイランス(JANIS)事業に基づいて推定された国内のリステリア症患者数は、2008年~2011年の4年間の平均年間罹患率は1.40/100万人であった。2011年の推計では、201人であった。60歳以上の高齢者のリステリア症患者数がほとんどであることから、高齢化に伴いわが国の患者数は現在増加傾向にあると思われる。

 海外では、リステリア症は重要な食品媒介感染症として認識されている。わが国では上述の推定値からヨーロッパの平均的な国の推定患者数と同じレベルにある。また、2001年に北海道のナチュラルチーズを原因とする集団事例が1例報告されているがこの事例では非侵襲性のリステリア感染症に留まっており、重篤化した患者が記録されなかったことから社会的には集団事例として認知されなかった。

 わが国の食中毒統計では、リステリア症の患者数が記録されていない。そのためわが国にはリステリア症がほとんどないと誤解している方が多いが、これは明らかな間違いである。リステリア症は潜伏期間が長いため散発事例では原因食品の特定は困難であり、食中毒統計に記録されない。わが国ではリステリアが食品媒介感染症であるという認識がほとんどない。

 これまでの海外における集団事例の報告から、リステリア症の原因となる食品は、Ready-to-eat Foods(調理済み食品)で、喫食前に加熱しないで食べる食品である。本菌は、図に示すように低温増殖性があることが特徴であり、増殖可能な食品であれば、10℃4日間で発症菌数レベル、4℃で保存したとしても1週間ほどで菌数は約10倍となる。したがって低温で長期間保存される食品はハイリスクとなる。これまでの集団事例ではソフトタイプのナチュラルチーズや食肉加工品を原因とする集団事例が多数報告されている。

 食品の国際標準を設定しているコーデックス委員会のリステリアの微生物基準は、リスク評価によりReady-to-eat Foodsについて喫食時の菌数を100 CFU/g以下としている。わが国でも、食品安全委委員会のリスク評価を経て、非加熱食肉製品、ナチュラルチーズ等を対象に、100 CFU /g以下という微生物基準が設定されている。ゼロトレランスでないのが特徴である。

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