メディアの「リスク報道」はなぜ歪む!?~小さなリスクに警鐘をならし、大きな実害を生む本末転倒~

[2019年3月17日日曜日]

“リスクの伝道師”SFSSの山崎です。本ブログでは、毎月食の安全・安心に係るリスクコミュニケーション(リスコミ)のあり方を議論しておりますが、今月はメディアによるリスク報道のバイアスがもたらす社会的弊害について解説したいと思います。まずは、小島正美氏(食生活ジャーナリストの会代表幹事/元毎日新聞編集委員)が最近出版された書籍をご紹介したい:

『メディア・バイアスの正体を明かす』
小島正美著、エネルギーフォーラム新書刊

http://www.energy-forum.co.jp/eccube/html/products/detail.php?product_id=395

第1章 子宮頸がんワクチン報道の大いなる失敗
第2章 遺伝子組み換え作物報道はなぜいつも偏るのか
第3章 トンデモ報道の法則と特徴
第4章 メディアの「リスク報道」と安全・安心の科学
第5章 世の中を動かす力は何か

科学報道に関する読み物のわりに非常に読みやすく、小島氏の綿密な科学報道への姿勢とメディアの「リスク報道」のあり方に対する厳しいオピニオンが次々と展開される流れに思わず引き込まれる内容となっているので、ご一読いただきたい書籍だ。各論として採り上げられたテーマ/リスクは、HPVワクチン・遺伝子組み換え作物・食品添加物・残留農薬など、これまで一部のメディアがそのリスクを過大に誇張して世の中に伝えたことで、多くの消費者市民がリスク誤認による不安を抱えた事態が続いており、まさに社会問題と言える事件ばかりと言ってよいだろう。

HPVワクチンについては、村中璃子さんが子宮頸がんのリスク低減に有効な手段として予防接種を呼びかけるメディア活動を孤軍奮闘で続けておられたが、国際的科学ジャーナリストを表彰する英国の「ジョン・マドックス賞」が授与されたことを、日本の大手新聞社がなかなか報じなかった事態について、「新聞の死」と呼んで厳しく批判している。大手メディアがこれを報じなかった理由として、過去に信州大学が発表したワクチンの副作用を暗示する稚拙な動物実験データを大袈裟に報じてしまったことをあえて訂正したくないから、もしくはワクチン反対派の市民団体(副作用被害者団体)に忖度したからではないか、などの考察がされている。

メディア(とくに社会部の記者)はどうしても弱者に寄り添う傾向にあり、それが公益性を重視したメディアの使命だとの強い意志をもつことで、科学的事実やリスクの大小が見えなくなるのだろう。またメディアは不安を煽る「リスク報道」については誇張して大きく伝えるが、もしその情報が誤りだったとわかっても、その訂正記事は非常に小さな扱いとなることが多い。これでは大きく煽られた市民の不安は和らぐはずもない。あと訂正記事が出ればまだよいほうで、特定のハザードに対するリスク評価に関して専門家のコメントが相反する場合には、一切訂正もされずネット上で流しっぱなしということも多く、これらは社会悪としか言いようがない。

HPVワクチンのケースなど、市民に浸透してしまったワクチンの副作用に関する誇張されたリスク情報のせいでワクチン接種率があがらなければ、将来HPV感染による子宮頸がんの発症を抑えることができないため、毎年3千人程度の女性が死亡し続けるだろうというリスク予測だという。これは「リスクのトレードオフ」の典型事例と考えてよい:すなわち、許容範囲の小さなリスクを過大視して回避することで、許容できないはるかに大きなリスク(死亡リスク)に遭うという悲劇を生むのだ。

もしこのような本末転倒をメディアが助長している原因が、「リスクのトレードオフ」を知らないことだとしたら、それは公衆衛生上の大問題であり即刻修正されなければならない。小島氏に言わせると、現在の日本におけるHPVワクチン低接種率は「人体実験」だとのこと:ワクチン接種率の高い国との子宮頸がん発症率/死亡率の比較が近い将来可能になる(?!)とはなんと皮肉な現象か。

なお「リスクのトレードオフ」のロジックは、以下の実例で理解していただきたい(比較的小さなリスクを回避することで、さらに大きな実害に遭ってしまうケース):

  • HPVワクチンの副作用(死亡例なし)を恐れて接種せず、子宮頸がんを発症して死亡!
  • 飛行機事故の死亡リスクを恐れて、自動車長距離運転の末に交通事故で死亡!
  • 野球で投手が四球を出すのを恐れて、ストライクをとりにいき決勝ホームランを被弾!
  • 食品添加物の健康リスクを恐れて、添加物不使用の野菜を食べてO157で死亡!
  • 残留農薬の健康リスクを恐れて、無農薬野菜に汚染した腐敗菌やカビで食中毒!
  • 高齢者が加工肉の発がんリスクを恐れて、サルコペニアやフレイルで寝たきりに!
  • 注射針をさされるのが怖くて採血を拒んでいたら、LDLが異常に高値で心筋梗塞により死亡!

もちろんだが、これら「リスクのトレードフ」に関して消費者市民に合理的選択の権利があるのは当然であり、上述のようなリスク情報をきいて「それでもHPVワクチンを接種しない」という選択をするのはかまわない。ワクチン未接種だったら必ず子宮頸がんを発症するというわけではないので、年間3000人程度の死亡ならワクチンは打たないとの選択肢をとってもよいわけだ。いくら肺がんの発症リスクが大きいですよと言ってもタバコを止めない方が多いのは、がんの発症が不確実であり、喫煙者にとってタバコのベネフィットが大きいからだ。

ただ、リスクの大きさが市民にわかりやすく伝わっていないのであれば、それは公衆衛生上のリスクコミュニケーションの失敗であり、健康行政による「学術啓発活動の不作為」=「未必の故意」との指摘が起ってもおかしくないと考える。市民が実際に健康被害を受けたときに、初めて健康リスクが実はこんなに大きかったんだと知らされても納得がいかないのではないか?

もし10年後に自分の肉親が子宮頸がんに罹患して子宮を切除手術することになったときに、医師からHPVワクチンを打っておけば予防できたかもしれないと告げられても、もう手遅れなのだ。いやいや、「HPVワクチン接種で重篤な副作用!」という○○新聞の記事を読んだので、うちの娘にはワクチンを打たないよう注意したのに、そんなに死亡リスクが大きいとわかっていれば絶対ワクチンを接種させたはず・・という親御さんの声が聞こえてきそうだ。子宮頸がんワクチンによるリスク低減の意義については、以前のブログでも解説しているのでご一読いただきたい:

◎リスク回避のポイントは『リスクのトレードオフ』
~子宮頸がんワクチン問題を考察する~
  SFSS理事長雑感 2017年12月18日
https://nposfss.com/c-blog/cervical_cancer/

以上、今回のブログではメディア・バイアスによる「リスク報道」の社会に与える悪影響について解説しました。SFSSでは、食の安全・安心にかかわるリスクコミュニケーションのあり方を議論するイベントを継続的に開催しておりますので、機会をみつけてご参加ください(参加費は3,000円/回ですが、どなたでも参加可能):

◎食のリスクコミュニケーション・フォーラム2019(4回シリーズ)
『消費者市民の安全・安心につながる食のリスコミとは』開催案内

【開催日】2019年4月21日(日)、6月23日(日)、8月25日(日)、10月27日(日)
【開催場所】東京大学農学部フードサイエンス棟 中島董一郎記念ホール
http://www.nposfss.com/riscom2019/

【文責:山崎 毅 info@nposfss.com

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