ゲノム編集作物の開発状況と規制状況について(2020年8月30日)

田部井 豊


農研機構企画戦略本部新技術対策室
田部井 豊

 ゲノムの特定個所を切断することを可能にするゲノム編集技術が1996年に登場し、2010 年にTALEN、2012年にCRISPR/Cas9が報告された。CRISPR/Cas9は簡便さと切断効率の高さから、ゲノム編集が急速に広まった一因となった。ここでは、現在開発中のゲノム編集作物と日本のゲノム編集生物の取扱方針について紹介する。

■ゲノム編集作物の開発 すでに多くのゲノム編集作物が研究開発されている。米国ではTALENで作出された高オレイン酸ダイズの商業利用が開始された。国内の研究開発で最も進んでいるのが高GABAトマトであるが、別項で詳細な説明があるので、ここでは割愛する。次に期待されるのは、大阪大学や理研を中心としたグループにより開発されている「天然毒素を低減したジャガイモ」である。ジャガイモは芽や緑色の皮などに天然の毒素のソラニン・チャコニン等のステログリコアルカロイド(SGA)が含まれており、これらを低減させている。また、岡山大学と農研機構による「穂発芽耐性コムギ」も栽培現場の問題を解決することが出来るコムギとして注目される。ここで興味深いのは、オオムギの種子休眠に関わる遺伝子「Qsd1」の発見であり、この知見を元にコムギの休眠性の改良に利用されたことである。

■作物育種におけるゲノム編集技術の重要性 高次倍数性を有する作物では交配・選抜に多大な労力がかかる。ゲノム編集技術であれば相同配列に対して変異を導入できるため育種の効率化が可能となる。また樹木や花き、林木などヘテロ性が高い栄養繁殖性作物において変異導入の有効性が期待される。実際に、リンゴ、ブドウ、カンキツ、スギなどにおいてもゲノム編集が利用されている。さらに魚類などへの利用も進んでいる。

■ゲノム編集技術の分類 ゲノム編集技術はSDN-1、SDN-2、SDN-3と3種類に分類される。SDN-1は目的のDNA配列を切断するものの修復は自然任せで、その結果として生じる変異は自然突然変異と同様である。SDN-2は標的配列を切断する際に、1~数塩基の変異を含んだ鋳型(DNA断片)を導入しており、SDN-3は標的配列を切断する際に、やはり外来DNA 断片を導入するもので、標的とする相同配列の間に数百~数千塩基を導入するものである。このタイプによって規制が異なる。

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■カルタヘナ法上の取扱い カルタヘナ法において規制対象となる遺伝子組換え生物は、「細胞外において核酸を加工する技術によって得られた核酸またはその複製物を有する生物」と定義されている。したがって、最終的に利用される生物が外来遺伝子や外来DNA 断片を有してなければカルタヘナ法の規制対象外となる。SDN-1で、初めから外来遺伝子を導入しないか、一度外来遺伝子等が導入されても最終的にそれらが除かれていることが確認されれば、やはり規制対象外となる可能性がある。しかし、SDN-2 とSDN-3では外来DNA 断片が導入されて組み込まれているか複製されているので遺伝子組換生物として規制される(図)

■食品衛生法上の取扱い ゲノム編集食品及び食品添加物の取扱いについて方針が示された。食品衛生法上では、ゲノム編集技術をタイプ1~3と分類しているが実質的にSDN-1~3と同じである。タイプ1 はカルタヘナ法と同様に規制対象外となる可能性があり、タイプ3 は外来遺伝子が挿入されることから規制対象となる。カルタヘナ法と異なる点はタイプ2 である。タイプ2 は、前述したように外来DNA 断片を導入して目的とするDNA 配列に数塩基の塩基置換を導入する技術であるが、新開発食品調査部会報告では、「・・・人工制限酵素の切断箇所の修復に伴い塩基の欠失、置換、自然界で起こり得るような遺伝子の欠失、さらに結果として1~数塩基の変異が挿入される結果となるものは、食品衛生法上の組換えDNA 技術に該当せず・・・・」とされ、最終的に作出された製品(プロダクツベース)で評価することとなった(図)

■取扱ルールの注意事項 前述した取扱ルールに法的拘束力はないものの、その使用等に先立ち、主務大臣の属する官庁(以下「主務官庁」という。)と事前相談を行い、情報提供することが強く求められている。情報提供(または届出)を主務官庁に提出してはじめて規制対象外になるので、それまでは遺伝子組換え生物等として適切な取扱が求められる。

■ゲノム編集作物等の社会実装と表示 社会実装には消費者や生産者ニーズに合致した優れたゲノム編集作物等の開発が大前提であるが、その上で、規制、知財(開発コスト)、国民理解などを解決していく必要がある。国民理解を進める上でゲノム編集食品の表示のあり方も重要な要素となるが、消費者庁からゲノム編集食品の義務表示が困難であるとの見解が示された。

■これらの状況において、ゲノム編集作物等の実用化がどのように進められるか、注視していく必要があると思われる。

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