細菌性食中毒発生をリスコミで減らすには(2023年12月15日)

岡田由美子

国立医薬品食品衛生研究所
岡田 由美子

 多くの食品は無菌ではない。「発育しうる微生物がいない」ことが規格基準となっている食品は、いわゆるレトルト食品や液状ミルク(いずれも未開封の製品)等、一部の食品のみである。生の肉や魚に細菌が付着していることは誰でも知っているが、野菜や果物にも細菌は付着している。乳児用粉ミルクでさえも完全な無菌ではない。食品に含まれる細菌のうち食中毒菌は一部ではあるが、食品関連事業者と消費者が食品の適切な取り扱いをすることで、食中毒を引き起こすことなく安全に食品を喫食することが可能となっている。
 細菌性食中毒の大きな特徴として、食品内で原因物質(細菌)が増加する場合があることが挙げられる。初めの汚染菌量がごく少量であっても、食べるまでの時間に細菌が増殖し、発症菌量に達してしまう場合がある。増殖に適した条件は細菌の種類によって様々で、腸炎ビブリオのように温度が25℃を超えると急速に増殖するもの、ボツリヌス菌のように酸素がない状態で増殖するもの、リステリアのように他菌が増えにくい低温でゆっくりと増殖するもの等がある。近年多く発生しているウエルシュ菌のように耐熱性の芽胞を形成して一度目の加熱調理で生き残り、その後の室温保存(特に酸素の少ない環境)で増殖し、二度目の加熱調理が不十分な場合に食中毒を起こすものもある。黄色ブドウ球菌は、食品内に生きた菌がいなくても、加熱前に作られた耐熱性毒素が食中毒を引き起こす。食品内で増えなくとも、ごく少量の存在で食中毒を引き起こす菌もある。サルモネラや腸管出血性大腸菌がこれに当たる。
 人間側の身体的要因も食中毒発症に関係する。乳幼児は健康な大人より免疫が弱く、ハチミツによる乳児ボツリヌス症のように大人が食中毒を起こさないもので発症することがある。リステリアで症状が重い侵襲型を発症した患者数は、乳幼児と65歳以上の高齢者、がんや糖尿病などの基礎疾患のある方が多く、健康成人では同じ原因食品を食べても下痢や風邪様症状しか起こさないことがある。消費者が自分や家族のリスクのレベルを正しく把握することは、食中毒の予防に重要である。
 食中毒リスクを高めてしまう行動とは、どのようなものがあるだろうか。細菌性食中毒の多くは、食品を喫食前に十分に加熱することで発生を防ぐことができる。カンピロバクター、リステリアやサルモネラ等に対する「十分な加熱」とは、食品の中心部の温度が1分間以上75℃以上となることであるが、達成するための加熱条件は調理器具、調理温度、食品の形や大きさ、調理前の食品の温度などによって大きく異なる。一方、加熱調理を十分に行っても、その後に細菌で汚染された器具を用いて食品を扱うと、再汚染が起こる。乳児用粉ミルクを調乳するには、母子手帳にも記載されているように一度沸かした70℃以上のお湯を用いることとされている。ごく稀にではあるが粉ミルク中にサカザキ菌という病原菌が存在していることがあるため、殺菌することができる温度で調乳してから適温に急冷することで、感染リスクを抑えることができるためである。
 また、冷蔵保存でも増殖可能な食中毒菌があるため、消費期限を守り、特にハイリスクな方は食べる直前にきちんと再加熱することが大切である。フードロスの削減はSDGsの観点から大変重要であるが、なるべく食べきれる量を購入し、表示された保存温度で保存の上、消費期限を守る(開封後は数日で食べきる)等が安全性との両立の秘訣であると言える。
 表示の確認も重要である。レトルト食品と似た包装形態のチルド食品が増えており、冷蔵保存が必要な食品を消費者が誤って常温保存してしまうことがある。

 このように、細菌性食中毒を引き起こす要因は様々であり、その発生防止には食品関連事業者と消費者双方が正しい知識をもち、食品を正しく取り扱うことが肝心である。多くの細菌は条件が揃うと食品中に残存、増殖してしまう。例として、未加熱及び表面のみの加熱調理で、様々な形状の牛肉にどのように細菌や病原菌が残存しうるかを図1に示した。2011年の焼肉を原因とする腸管出血性大腸菌集団事例を受けて、生食用の牛肉の提供は専用の設備で専用の器具を用いて、塊の牛肉の表面を加熱殺菌したもののみを用い、成分規格を腸内細菌科菌群陰性とする規格基準が設定された。規格基準設定前のユッケには図1Aの5のような製品が含まれており、現行規格の製品は図1Bの1の表面を切除して製造するものである。
 どのような条件が食中毒菌を増殖させ、どのように扱えば汚染・増殖を防止できるのかを知る機会のひとつがリスクコミュニケーション(リスコミ)である。食中毒予防のためのリスコミとは、(1)食品製造事業者が自社製品に必要な衛生的取り扱いを熟知して実行しつつ、消費者の取りうる行動も踏まえた適切な保存温度と保存期間を設定すると共に、消費者に正確に伝わる表示を行うこと、(2)消費者が自分の健康リスクを把握し、食品中のハザードについての知識を身に着けることで、食中毒を防ぎうる行動を選択できるようにすること、(3)行政担当者が事業者や消費者への情報発信等を通じて、公衆衛生の向上を促進することが含まれる。

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