日本食品分析センター・学術顧問、北海道大学・名誉教授
一色賢司
〇彼も知らず、己も知らずでは
我が国は公衆衛生環境が整備されているからでしょうか、マスコミや一般国民は微生物性食中毒などには寛容で、化学物質や食品添加物などには不寛容であるように思われます。
人間に対する感染性も毒性も高い腸管出血性大腸菌O157のような微生物も、たどり着いた場所で一所(生)懸命に生きています。「彼を知り、己を知らば」と言い伝えられているように、国民各位にO157に生まれ変わったらと想像して、対策を考えて貰ってはいかがでしょうか。
〇フードチェーンでは
現在の食料調達は分業で行われており、消費者からはフードチェーン全体や微生物の存在が分かりにくくなっています。お金を出せば、美しく包装された食品が手に入ります。消費者はフードチェーンの実態を知らない裸の王様にも見え、人間中心に諸事は動いていると見えているようです。この世の中の事は、良く分かっていると思っているようです。
現実には、分かっていないことが沢山あります。病原菌などの微生物も、人間も生物です。生物の起源にも、①地球の海から発生した、②宇宙から地球にやってきたという2つの説があります。「はやぶさ2」は、②の証拠を積んで地球に戻って来られるでしょうか。
多くの病気は病原菌が引き起こしていることが立証されたのは、ほんの150年前に過ぎません。病原菌説を立証したのはパスツールやコッホでした。我が国では、明治政府が北里柴三郎や志賀潔などをドイツに留学させ、ノーベル賞を授与されてもおかしくない研究成果を上げています。
病原菌説が我が国で信用されるまでは、病気は疫病神などの仕業と思われていました。神様や小さな生き物の仕業は、しょうがないと水に流す人生観が、いまだに残っているのでしょうか。
〇他人事と自分事
小・中学校では理科を習います。高校の生物の授業内容は、かなり高度です。人間は自らの約60兆個の細胞と、同数あるいはそれ以上の人間以外の微生物などの細胞で構成されていることも教えられています。人間の細胞内で活躍しているミトコンドリアは、大昔は細胞外の微生物であったことも教えられています。
微生物は条件が整えば、増殖します。ウイルスは他の生細胞を利用して増殖することも教えられています。学校教育と実生活で必要な教育の乖離が感じられます。食育という言葉が、空疎な響きを持つように感じられるのも、この辺りに原因があるのでしょうか。
我が国では、食品が媒介した病原体で発症する患者数は,少なくなりました。食中毒は他人事と思っている国民が増えているのではないでしょうか。患者数が少なくなっても、当人にとっては不幸な自分事です。
〇一所(生)懸命に誠実に
微生物もたどり着いた環境で、生き延びようとします。不利な状況であっても、環境を変えようとし、仲間と協力し、自らを変えようとします。遺伝子が変化した場合は、突然変異と呼ばれます。微生物は遺伝情報伝達に変動が起き易く、異なる種の微生物間で遺伝情報が伝達されたり、ウイルスが細菌に付着して新たな遺伝子を持ち込んだりすることもあります。ヒトに対する病原性を獲得し、さらに増強される場合もあります。抗生物質等に対する抵抗力を持つ耐性菌となる場合もあります。
O157には生まれ変わりたくはないでしょうが、脳内でトライして貰ってはいかがでしょうか。
参考:「食中毒」の原因と、「食中毒」を防ぐさまざまな方法
https://www.ajinomoto.co.jp/products/anzen/know/f_poisoning_01.html
食品安全検定 https://fs-kentei.jp/