アニサキスによる食中毒の現状と課題(2024年2月12日)

SFSS理事
小暮 実



【食中毒の発生状況】
 過去10年間の食中毒発生状況を表1に示しました。前半は、事件数約1,000件、患者数約2万人で推移していますが、新型コロナが蔓延した2020年以降は、飲食店などの営業自粛などにより、大幅に事件数と患者数が減少しています。
 過去10年間の食中毒の三大原因物質であるノロウイルス、カンピロバクター、アニサキスの発生状況を図1に示しました。2015年以降、ノロウイルスとカンピロバクターが減少しているのに対して、アニサキスは2017年から急激にその発生数が増加し、2018年から6年間トップの原因物質となっています。2023年も11月末現在で310件の報告があり、食中毒発生数673件の半数近くの発生状況となっています。

【アニサキスによる食中毒】
 アニサキスはサバ、イカ、アジなどに寄生しており、刺身を食べる日本人にとっては切っても切れない寄生虫です。アニサキスの寄生した刺身等を食べると、喫食後数時間から数日のうちに激しい痛み、悪心や嘔吐を起こし、救急病院で胃カメラによりアニサキスの虫体の除去を受ける例が多く報告されています。患者数が複数のことは稀でほとんどが患者数は1名です。食中毒というと複数の患者の発生があるものが対象として集計されていましたが、1999年に寄生虫等も食中毒の病因物質とされ、2013年からは厚生労働省の食中毒統計にアニサキスの発生数が掲載されるようになりました。2013年からのアニサキスの発生数は図1のとおりです。2018年に急増していますが、この年は黒潮の大蛇行の影響でカツオに寄生したアニサキスによる事例が多く報告されています。近年はアニサキスに罹患した芸能人の体験談などにより、身近なニュースになったことも増加の原因の一つではないかと考えます。しかし、これらの事件数は氷山の一角であり、近年の大規模(843万人のデータ)な胃カメラによる診療報酬明細書(レセプト)調査の結果、2018年は991名、2019年は766名の患者が確認されていることから、日本全体では年間2万人近くの患者が発生していると推計されています。

【アニサキスの生活史】
 アニサキスは、イルカ、クジラ、アザラシなどを最終宿主とする寄生虫です。これらの海獣の糞とともに卵が排泄されると、オキアミ→小魚→大型魚→イルカ・クジラと食物連鎖で捕食され成虫となります。人に食中毒を発生する幼虫は2~3cmと小さく透明または乳白色の太い糸状ですが、成虫では10cm以上に成長します。通常は、魚の内臓壁などに寄生していますが、魚が死ぬと魚の筋肉中に侵入するため、その刺身を食べたヒトが食中毒となります。なお、ヒトの体内では寄生することができないので、その多くは自然に排出されると考えられています。一部のアニサキスが胃壁、小腸壁などに侵入してアニサキス症を発生させています。シメサバでの食中毒例が多いように、通常の酢やワサビ等では死滅しません。

【アニサキス症と魚アレルギー】
 アニサキス症になった後で、他の魚を食べてアナフィラキシーショックを起こしたり、蕁麻疹などのアレルギー症状を呈する患者さんが報告されています。1990年の報告によれば、サバアレルギーの患者さん11名に対してアレルゲン確認のためのパッチテストを行ったところ、全員が反応したのはサバの成分ではなくアニサキスの成分であったことが報告されています。アニサキスのアレルゲンとして15種類のたんぱく質が判明しており、アレルゲンにより多彩な臨床像が発現すると推測されています。うち数種類のアレルゲンは耐熱性であるため、加熱調理した魚やダシ汁でもアレルギー反応を呈してしまいます。アニサキス症の後に魚アレルギーとなったため、飲食店に損害賠償請求があり300万円で和解した事例も報告されています。魚料理が大好きなあなたが、魚料理を安心して食べられなくなったらと想像してみてください。2021年には、医師や患者たちがアニサキスアレルギー協会(AAA)を設立して、正しい知識の普及や患者同士のコミュニケーションを図っています。昨年もアニサキスアレルギーサミットが開催され、その内容がHPに掲載されていますので、是非覗いてみてください。

【予防方法】
 アニサキスは加熱調理すれば死滅しますが、刺身類は加熱することはできません。前述のとおり、酢やワサビでは死滅しませんので、冷凍処理することが確実な方法です。オランダではニシンの塩漬けによるアニサキス症を防ぐため法律(通称ニシン法)で冷凍処理を義務付けていることが有名です。現在は、コーデックス委員会、米国食品医薬品庁(FDA)、欧州食品安全機関(EFSA)でも、生食する魚介類については冷凍処理を推奨したり義務付けています。現在、熊本大学の研究により、高電圧パルス電流による殺虫処理が実用化されようとしていますが、しばらくは、冷凍処理することが安心して食べられる方法となっています。ただし、アニサキスアレルギーの患者さんにとっては、死んだアニサキスもアレルゲンとなりますので安心できませんね。

 ●魚を-20℃24時間以上冷凍処理すること
 ●生食する魚は鮮度の良いうちに内臓を処理するとともに腹身も取り除くこと
 ●刺身類は細切したり飾り包丁を入れて虫体を切る工夫をすること
 ●刺身にしてからもブラックライトなどで目視確認を徹底すること

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