Codex委員会の微生物リスク管理の数的指標(Metrics)の枠組み〈後編〉 (2019年7月28日)

豊福 肇


山口大学共同獣医学部 病態制御学講座 教授
豊福 肇


Part2生食用牛肉のリスク評価にこの微生物リスク管理の数的指標

 Part1で説明した数的指標をどのように生食用牛肉の規格設定のためのリスク評価において活用したか事例を紹介する。

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 牛肉の生食による腸管出血性大腸菌(以下STECという。)による食中毒の患者数を当時規制前に推定された190人からゼロに、また死者10名を100年に1名未満にしたいというのが規制機関の考えであり、これをALOPとした。生食用の牛肉で問題となるハザードはSTECとサルモネラ属菌とした。低用量における微生物菌数と発症確率は直線関係が認められると仮定し、190人≒200人を1人未満にするのであれば、喫食時の菌数を1/200にすれば達成できるはずであると考えた。さらに不確実性を考え、喫食時の菌数を現行の1/1000とすることにした。死者についても10人/年から1/100年=0.01/年と1/1000であるので、菌数を1/1000にすればALOPを達成できると考えた。残念ながら、わが国の喫食時の牛肉中のSTECの菌数データがなかったことから、文献に公表されていたアイルランドのデータ(14cfu/g)とほぼ同じであろうと仮定し、この1/1000すなわち0.014 cfu/g(STECとして)をFSOと設定した。POを設定するフードチェーン上ステップとして部分肉をカットして出荷する段階とし、そこから喫食まで適切な衛生管理と温度管理を行う前提で、1 logの増加を見込み、POとしては0.0014cfu/g=1.4x10-3cfu/g =-2.85log10cfu/g(STECとして)を設定した。サルモネラ属菌も低い菌数での食中毒事件の報告があることから、STECと同じ直接関係を仮定した。次にこのPOが遵守されていることを確認するために、微生物規格の設定を試みた。ここでサルモネラ属菌とSTECを別々に規格にした両方の菌に対して検査を行う必要が生じる。そこでこの2菌が同時に検出でき、国際的にも食肉の衛生管理の指標菌であるEnterobacteriaeを用いることにした。EnterobacteriaceaeとSTECの換算係数は文献データに安全率を加味し100:1とした。Enterobacteriaceaeに換算したPOは-0.85 log cfu/gとなる。また、と殺直後の枝肉であったとしても、STECは枝肉表面から1cmまでは10cfu未満の低い菌数ながら侵入して存在することが実験で判明したことから、1cm下に存在するSTECを1log低減できる条件60℃2分を加工基準とした。

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 次に「加工基準」のみでは「加工時の微生物汚染の目標菌数」を担保できないため、POを満たしていることを確認するのに必要なサンプル数による微生物検査も行う必要があると考えた。

 検体数が1である場合には検体25g を1検体採取し腸内細菌科菌群(Enterobacteriaceae)が陰性というサンプリングプランにより、ほぼ確実に摘出される(すなわち95%不合格率)ロットの平均Enterobacteriaceae汚染濃度は、0.5log cfu/gすなわち3cfu/gである。標準偏差は1.2log cfu/gとする。Enterobacteriaceae に換算したPO は-0.85log cfu/gであるため、図4のように、このロット内の87%の部分はPOを上回ることになる。

 検体数25を採用した場合、95%の確率で不合格となるロットの平均汚染濃度は-3.25log cfu/gである。図5のように、このロット内の97.7%(=2SD)部分はEnterobacteriaceae に換算したPO-0.85log cfu/gを下回り、ロット内平均値とPOとの間に、標準偏差1.2 log cfu/gの2倍の差が確保されることとなる。従って25サンプルの検体を採取し、検査を行う必要があるが、わが国の規格基準には検体数は規定されていない。これはコーデックス委員会の微生物規格の要件を満たしていないことになる。

 従って、上述したように、サンプル数やサンプリング計画のパフォーマンスを示していないわが国の告示370号に規定された微生物規格はコーデックス委員会のガイドラインの内容を満たしていないといえる。HACCPの制度化にあわせ、また国際的な整合性を考えると、わが国の微生物規格をコーデックス委員会のガイドラインに沿ったものに早急に見直しすることが望まれる。

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