NPO食の安全と安心を科学する会理事・京都大学名誉教授
小川 正
生命維持の根幹である食事の摂取によりアレルギー反応が惹起される食物アレルギーに関して、乳幼児や児童など若年層の患者の増加とその症状の重篤化(アナフィラキシー)が懸念されています。近年、食物アレルギーの関係する事故の多発、さらには花粉症をはじめとしてアレルギー疾患が複雑・多様化している現状を踏まえて、政府はアレルギー全般の対策や指針策定等を義務付ける「アレルギー疾患対策基本法」を制定し本格的な取り組みを始めました。
食物アレルギーは人に備わる免疫機構の異常により引き起こされる免疫「疾患」であり、日常の食生活において安全・安心とされる食品そのものにリスク要因(アレルゲン)が存在することから、食中毒などとは異なり、リスク管理には単純に処理できない問題が多く存在します。食物アレルギー事故の発生は、患者自身の誤認、患者への情報不足からくるアレルギー食品(アレルゲン)の誤摂取が主な要因となっています。加工食品に関しては食品表示法により、特定原材料7品目(日本人にとって重篤なアレルギー症状を引き起こす食品)が含まれる場合の表示を義務づけるとともに、特定原材料に準ずる食品20品目の含有表示をも推奨しています。この特定原材料の含有閾値(10 μg/g又は10 μg/ml)を基準とする日本独自の表示制度は、15年以上問題なく運用され国際的にも高く評価されています。加工食品業界における特定原材料の分析技術、表示方法の工夫、生産ライン上でのアレルゲンのコンタミネーションの排除・注意喚起表示等の努力の結果、リスク管理上一定の成果が得られていると考えられます。
一方、総菜・中食・外食などの分野における特定原材料(アレルゲン)に関する情報の提供は、一元的な表示方法では対処しきれない多くの問題を含み、現在のところ表示義務はなく、食品(食事)提供者(外食等事業者)の自主的な努力に委ねられているのが現状です。しかしながら、アレルギー患者にとって外食とは、食育の観点からも生活スタイルの変化に伴って廃れた食卓文化の復活、家族との団欒、ふれあいの場の確保、食生活面のQOLの向上にも大切です。また、学校給食や宿泊を伴う校外行事などに際して、アレルギー児童の行動が制約され、差別(いじめ)の温床ともなることが危惧されています。
このような社会情勢に対応して、消費者庁は「外食などにおけるアレルゲン情報の提供の在り方検討会」(平成26年4月~)を設置し、食物アレルギー患者等からの事業者への要望(必要な情報の内容と提供方法)、事業者の現況(実行可能な情報提供のレベル)などを中心に関係者(団体)による幅広い論議を行いました。結果として、表示や情報の提供に関して多くの問題が存在することを明らかにしました。中でも、患者、患者の家族、患者が属するコミュニティーの仲間、食事を提供する外食事業者および関係者らすべての人が、同じ土俵の上で食物アレルギー(アレルゲン)についてコミュニケートできる知識・情報を共有する必要があると指摘されました。すなわち、調理人から配膳者まで情報伝達において欠落がないこと、患者と事業者(従業員)間のコミュニケ―ションが円滑であり、かつ情報が正確に伝達される技量・能力を有することが求められました。さらに、医師・医療機関との連携も必要とされました。今後、「アレルギー疾患対策基本法」の下で実施される関係者の啓発・研修・教育や、業界内での自主的な従業員研修の取り組みに期待したい。外食で提供される個々の食事(料理)は煩雑な作業が要求される「調理」によって調製・提供されることから、リスク回避には、使用する原材料の識別管理、調理器具・装置間のコンタミネーションの防止のための管理措置等を徹底する必要性が指摘されています。また別の選択肢として、農産物の栽培技術や加工技術を駆使して、アレルゲンを低減化あるいは除去し、少しでも患者の食品への選択肢を広げる素材の開発や、抗アレルギー食生活の指導等も進められておりその成果が期待されています。
一方、最近のアレルギー界の動向として、花粉症に罹患した患者において口腔アレルギー症候群(OAS)発症例が増加していることも懸念されています。OASは花粉アレルゲンと果物や農産物中の相同たんぱく質間の「交差反応」により惹起され、植物特有の「感染特異的」あるいは「ストレスたんぱく質」の関与が疑われる新しいタイプのアレルギーです。農産物へのストレス(露地・自然栽培に伴う感染、虫害、天候など)負荷でアレルゲンの蓄積量が増大することが示唆されていることから花粉の種類と関連する農作物の正確な情報の提供が必要となります。科学の進歩に伴う新事実の解明により、食品の栄養価や安全性等を論じる時、二律背反的なリスク評価や判断を迫られること自体が食物アレルギーの複雑さを象徴しているとも言えます。