ゲノム編集食品のリスクコミュニケーションの課題(2023年3月19日)

山口治子


愛知大学
山口治子

 前回のアーカイブス(山口、2021)で、ゲノム編集食品には無知性にかなり近い曖昧性のリスク課題が残っていることを述べた。さらに、このような課題への対応は、新規技術開発に関する情報提供のあり方を構築し、リスクガバナンスの再検討を行うことが必要であることを述べた。これらのすべての課題はリスクコミュニケーションに関係している。そこで、ここでは、リスクガバナンス研究やゲノム編集食品のリスクコミュニケーション研究の成果をもとにゲノム編集食品に関するリスクコミュニケーションの課題について述べる。

リスクコミュニケーションの義務と役割
 まず、リスクコミュニケーションの義務と役割を振り返りたい。表に示すように、リスクコミュニケーションには実用的義務、道徳的義務、心理的義務、制度的義務の4つの義務がある。リスクコミュニケーションは、情報の提供側と受け手側の情報交換過程において、情報提供側がこれらの義務を果たし、市民が十分な情報を得た上でのリスク判断を行うことを目的としている。

ゲノム編集食品のリスクの性質とその管理
 現在、ゲノム編集食品の潜在的リスクとして、ゲノム編集技術を用いた育種の潜在的な加速化に伴う意図しない影響のみが懸念されている。もちろんこの無知性の領域のリスクは、その悪影響を技術的に査定することができない。このようなリスクをどのように管理するかについては、IRGCが下図のように整理している。無知性の部分のみ引用すると、すべての主体が参加して、互いの認識、評価、規範について協議することであり、そのとき、リスクトレードオフ解析やリスクバランス、そして、確率論的リスクモデルから得られる科学的知見を使うとする。すなわち、単純なゲノム編集食品のリスクに関する知見だけではなく、ゲノム編集食品を受け入れなかった場合のリスクやベネフィット、そして、それらはどのような可能性で生起するのかを示しながら、すべての主体を適宜参加させて協議する必要性を示している。

消費者間のリスクコミュニケーションの課題
 消費者間のリスクコミュニケーションのあり方に話を移す。リスクガバナンスの観点から、消費者はゲノム編集食品を受け入れるかどうかを最終的に決定する主要な主体となる。我々は、2020年10月、30から40代の女性200名にゲノム編集食品の認知度に関するアンケート調査を行った。「初めて聞いた」という回答が109人(54.5%)であり、「聞いたことはあるがよく分からない」を合わせると、約81%がゲノム編集食品を知らないという結果となった(中根&山口、2020)。本調査の約1年前に実施された東京大学内山らの結果(2019)では「全く知らなかった」が57.4%となっており、内山らの研究から1年以上が経過し、届出制度が始まっているにもかかわらず大きな変化が見られなかった。また、本調査はCRISPR/Cas9の開発者2名がノーベル化学賞を受賞したというニュースの直後に実施した。それにもかかわらず、この認知度の低さはゲノム編集食品が高度な最新技術を用いたものであり、一般消費者になじみがなくその本質が理解しにくい食品であることを示している。このような高度な技術を使用した食品に対する今後のリスクコミュニケーションのあり方が問われるだろう。また、本調査では先行研究と同様に約1割の消費者がゲノム編集食品をどうしても食べたくないと回答した。ゲノム編集食品の表示が義務化できないのであれば、このような消費者はゲノム編集食品を避けることができなくなる。
 消費者は当然ながら、まずその情報を耳にしなければ興味も関心も持つことがない。自らが情報を収集する前に、声を上げる前に、知らないうちに食べたくない食べ物を口にしていることは避けなければならない。社会全体での監査システムが求められるゲノム編集食品の消費者認知度の向上や高度な技術を用いた食品の情報提供のあり方は今後の大きな課題となるだろう。

主な引用文献
山口治子(2021)ゲノム編集食品に関するリスク考、食の安全と安心通信、41、p.2
吉川肇子(2000)リスクとつきあう-危険な時代のコミュニケーション、ゆうひかく選書
IRGC (2005) White paper on risk governance, Towards an integrative approach.

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