SNS時代における情報秘匿のリスクは大きい

大谷翔平のロサンゼルス・ドジャースへの移籍が発表され、史上最高額の契約金や97%が後払いという異例の条件に世間は驚かされているが、大谷選手の他球団との契約交渉過程についての情報はベールに包まれたままだ。MLBの多くの球団は、大谷選手の獲得球団が決まってから、ほかの選手たちとの獲得交渉を本格開始するという事情もあったのだろうから、情報非公開の紳士協定を守っているものと思うが、いずれそういった契約交渉の裏側もメディアが報道するのではないか。

組織にとって重要な情報をトレードシークレットとして非公開にし、箝口令をひくと好感度が下がることが多いが、ドジャーズはそうでもなかったようだ。それはロバーツ監督が、契約交渉の途中にもかかわらず、「大谷に会ったよ。好感触だった」とメディアにむけて衝撃発言をしたからだ。

禁断の交渉暴露…大谷翔平獲得にド軍監督の胸中は? ド直球質問の回答に報道陣爆笑
 Full-Count.jp 2023.12.15
 https://full-count.jp/2023/12/15/post1487802/

ロバーツ監督はメディアの記者から「大谷に会ったのか?」と質問されて、思わず正直に答えたようだが、本人も「事実を隠すのは性に合わない」というようなことも言及したようだ。彼はドジャースの経営陣から叱責を受けた可能性もあるが、MLBの選手たちやファンは「ロバーツは誠実でいいやつだ。信頼できる監督だ」との印象をもったのではないか。ドジャースがずっと地区優勝やポストシーズン進出を続けているのも、このロバーツ監督が選手たちやファンから信頼され、後押しされていることも要因のひとつではないか。

大谷自身も記者会見で、隠していた(?)愛犬の名前について「デコピン」であると公表した途端に、X(元Tiwtter)で「デコピン」がトレンドワード世界一になったとのこと。こういった著名人が気になる秘密を明かすと好感度が急上昇するようだ。

その反面、組織や特定の著名人にとっての公開すべき情報を秘匿したことで、メディアから”隠蔽”と揶揄され、印象を悪くして信頼を失ったケースも頻発している。日大アメフト部の大麻問題しかり、宝塚歌劇団パワハラ疑惑しかり、自民党安倍派議員のパーティ券問題しかり、もっと早く情報公開しておけばよかったのに・・という事件が相次いだ。

もしこれが、SNSも含めた情報化社会が構築される前であれば、組織にとって不都合な情報も、関係者が墓場まで持って行くことが期待され、問題にならなかったかもしれない。しかし、いまはライン・X・インスタ・facbookなどで、思わず告発してしまうヒトが出てくると思っておいたほうがよい。実際、宝塚問題では、自殺して亡くなった劇団員と遺族の間で交わされたラインが証拠物件としてあがっているし、今後もさらに関係者のスマホが調べられると隠し通すのは極めて困難だ。

また、日大アメフト部のケースでは、大麻使用により逮捕された学生が裁判において「副学長がもみ消してくれると思った」などと発言したし、パー券代キックバックの問題でも、事実関係を激白した議員が「派閥からしゃべるな!と言われたんだ」と思わずしゃべってしまったのは、マスコミの格好の記事ネタになってしまったわけだ。

上述の議員は、これ以上隠し通すのは困難と思って情報公開したものと思われるが、だからといって上述のロバーツ監督のように誠実で信頼できる人間だという好印象にはつながてはいないだろう。なぜなら、本来最初から政治資金収支報告書に記載して公開すべき情報を、いまごろになって正直に公開しても、それは後出しジャンケンで悪い印象しか残らないからだ。世間で炎上した後の情報公開では、誠実さや信頼は生まれないのだ。

メディアの習性として常にスクープ記事を狙っているので、著名人や名のある組織体の関係者は、いつも文春砲に監視されていると思ったほうがよい。裏を返すと、メディアにとってスクープになりそうな情報は秘匿するのではなく、さらっと公開しておく、すなわち先出しジャンケンが信頼失墜を回避するポイントということだ。

うちの会社でも社員からパワハラのクレームが出ているので、すぐに公開しておかないと・・と思われた上司の方は心配無用だ。なぜなら、あなたの会社の社内人事案件は、メディアのスクープ記事にならないからだ。ところがこれが、宝塚歌劇団のように自殺事件が起こったり、社員が会社に対して訴訟を起こしたりするとスクープになるので、記者会見対応による情報開示が必要となってくるわけだ。

食品安全に係る報道でも、集団食中毒事件が起こると、メディアは比較的小さな事件でもとりあげるし、経営者がメディア対応や顧客対応を誤るとスクープの扱いを受けることが多い。今年もお弁当屋さんで全国規模の集団食中毒が発生したが、社長による記者会見が事故から約1か月後であったことは、あまりにも情報開示が遅かった印象だ:

食中毒問題で「吉田屋」社長が初めて会見 多くの人に被害謝罪
10月23日 NHK 青森 NEWS WEB

 https://www3.nhk.or.jp/lnews/aomori/20231023/6080020912.html

集団食中毒により健康被害が起こっているケースでは、これ以上の被害者を増やさないためにも、いち早く情報公開して、わかったことから詳らかに消費者に伝えることが重要だ。ともすれば詳細がわからないのだから不確かなリスク情報を開示できないとして、公開すべき情報を秘匿すると、被害がさらに拡大したり、結局は自分たちの組織を守るための隠蔽とメディアに追及されるなど、問題の先送りは最悪の事態をまねくと覚悟すべきだ。

組織体にとっての不祥事が起こったときこそ問題点をオープンにし、市民と一緒に議論する場をもうけることが信頼回復への一番の近道であり、組織内での密室会談を続けても、隠蔽体質とメディアから指摘されるのは必定だ。企業において不祥事が起こった際には緊急対策会議が開かれるものと思うが、もしその会議の席に外部の消費者が座っていたとしても、胸を張って言える議論であれば、おそらくそこから導かれた結論は企業の信頼回復につながるものと思う。

信頼回復のための基本原則は、隠したい情報を正直にゲロっと出すことだ。筆者は以前にも、「ハラキリ・コミュニケーション」と題して解説をしているので、ご一読いただきたい。

ハラキリ・コミュニケーション ~日本文化に合ったリスコミとは~
 https://nposfss.com/c-blog/harakiri/

以上、今回のブログでは、SNS時代において情報秘匿のリスクが想像以上に大きいこと、不祥事が起こった時こそ情報開示が信頼回復の早道であることを解説しました。

SFSSでは、食の安全・安心にかかわるリスクコミュニケーション・イベントを継続的に開催しており、どなたでもご参加いただけます(非会員は有料です)。なお、当日ご欠席でも事前参加登録をしておけば、後日、参加登録者とSFSS会員限定のアーカイブ動画が視聴可能です。本年度、東京大学農学部にて開催した一般公開フォーラムは以下の通りです:

◎SFSS食の安全と安心フォーラム第24回(2/19)開催速報
ヒトと地球の健康にどう取り組む?~食品の安全性/機能性/SDGs対応を議論する~
  https://nposfss.com/news/sfss_forum24/

◎SFSS食の安全と安心フォーラム第25回(7/23)開催速報
 『食物アレルギーのリスク低減策について』
 https://nposfss.com/news/sfss_forum25/ 

◎SFSS食のリスクコミュニケーション・フォーラム2023(4回シリーズ)
 第1回(4/23) テーマ: 食中毒微生物のリスコミのあり方 開催速報
  https://nposfss.com/news/riscom2023_01/

 第2回(6/25) テーマ: トリチウム処理水のリスコミのあり方
 開催速報
  https://nposfss.com/news/riscom2023_02/

 第3回(8/27) テーマ: 食品添加物のリスコミのあり方 開催速報
  https://nposfss.com/news/riscom2023_03/ 

 第4回(10/29)テーマ: 健康食品のリスコミのあり方 開催速報
  https://nposfss.com/news/riscom2023_04/

                        【文責:山崎 毅 info@nposfss.com

タイトルとURLをコピーしました