食品衛生の国際舞台から現場まで~故・豊福肇氏を偲んで(2023年12月15日)

SFSS理事
野田 衛

「はじめ」に
 食品安全に多大な貢献をされた豊福肇氏が2023年9月21日旅立たれました(享年63歳)。謹んで、豊福氏のご冥福をお祈りいたします。豊福氏は、現場を知り、世界標準で食の安全を考えることができる、数少ない研究者であり、行政官でした。Codexのホームページ(https://www.fao.org/fao-
who-codexalimentarius/news-and-events/news-details/en/c/1653270/)には豊福氏の功績と逝去を悼む記事が掲載されている他、お悔やみ等のメッセージを掲載するサイト(kudoboard)には、WHO(栄養・食品安全部)、FAO、JEMRA、JMPR、ICMSF、Codex(CCFH) 、農林水産省、厚生労働省、食品安全委員会、日本食品衛生協会及び支部、地方自治体、学会、出版社、食品関連企業など、国内外の団体や個人から豊福氏を偲ぶメッセージが数多く寄せられました。幅広い豊福氏の交友関係の中で、筆者との関係はそこまで多くありませんが、エピソードをいくつか紹介します。

食品安全文化
 「豊福氏がお亡くなりになられたらしい」と最初に耳にしたのは、9月22日、第44回日本食品微生物学会学術総会に参加していた時のことです。信じられない一方、あまりの偶然に驚きました。というのも、学会のシンポジウムで欧州の食品安全と文化に関する講演があり、豊福氏が執筆された「食品安全文化」1)という報文を思い出していたからです。豊福氏はこの中で「自分なりに感じたFSC(食品安全文化)とは『組織が、どれだけ食品安全を自社のプライオリティーにおいているか、また社員全員が無意識に、食品安全を優先的に考え、その確保のため行動できること』のようなイメージでいる。」と述べられています。今の日本において食品安全文化が成熟していると言えるでしょうか?訃報に接し、各自で考えていただければと思います。

「食品中のウイルス」CCFH作業部会参加のためオランダに出張中の豊福肇氏(2010年3月、アムステルダム中央駅にて)

国際舞台での活動と国民への還元
 豊福氏は厚生労働省在職時、WHOに出向され、JEMRA(Joint FAO/WHO Expert Meeting Microbiological Risk Assessment)の事務局として、サルモネラやリステリアのリスク評価書の作成等にご尽力されました2)。帰国後は日本側の主要メンバーとして、CCFH(食品衛生部会)等のCodexの部会、素案作成のための作業部会等に、数多く参加されました。国ごとに食品の種類や食文化、衛生状態などが異なる中で、文書を取りまとめる作業は楽なものではなく、ある意味、妥協の産物でもあります。その中で、日本の主張を他国に理解し、認めてもらうためには、専門的な知識、語学力(会話力)に加え、度胸や粘り強さが必要です。筆者は、2012年に公表された『食品中のウイルス管理への「食品衛生の一般原則」の適用に関するガイドライン』(CAC/GL 79-2012)作成のための作業部会やCCFH総会に参加しましたが、豊福氏には大変お世話になりました。同じような思いを抱く方は少なくないと思います。豊福氏は、これらの食品安全の国際基準や国際会議での議論を食品安全委員会での微生物・ウイルス専門調査会等の専門委員、SFSSを含む各種講演会等でのリスクコミュニケーション、Codex等の文書の翻訳などを通じ、国内に有形無形の形で還元されてこられました。2003年7月に食品安全基本法が施行され、3要素(リスク評価、リスク管理、リスクコミュニケーション)からなるリスクアナリシス(リスク分析)の考え方が導入されましたが、豊福氏らが翻訳された「食品安全リスク分析」3)はその普及に大きく寄与したと思います。

現場レベルでの活動
 HACCP制度化に向け、Codex HACCPの翻訳4)、解説書の執筆4,5)、研修会の講師などにより、その普及にご尽力されたことはご存知のとおりです。一方、国立保健医療科学院在籍中の研修コースの主任として、また食品衛生監視員やそのOBを中心とした勉強会などを通じ、現場の方々と交流されていました。その中で、豊福氏が危惧されていたことの一つに、食品衛生監視員の育成の問題があります。豊福氏は、「食中毒調査は、記述疫学や分析疫学は方法論があり、それを学べば身につくが、観察疫学には経験が必要であり、現場の経験を積んだ監視員の育成が重要」と常々述べられていました。言い換えれば、食品衛生監視員は食品衛生学の探求者であるべきとも言えます。これは豊福氏が厚生労働省の技官を経て、山口大学で教鞭をとられた、ご自身の経験に通じるものがあります。

 豊福氏の後を継ぎ、食品衛生において、現場から国際レベルで活躍できる人材の育成こそ、氏の望みであったのかも知れません。

文 献
1) 豊福肇:食品安全文化,食品衛生研究,69(9) ,7-15(2019)
2) 豊福肇:JEMRAの思い出,モダンメディア,51(9),13-18(2005)
3) 林裕造監修、豊福肇・畝山智香子訳:食品安全リスク分析、社団法人日本食品衛生協会(2008)
4) 豊福肇(翻訳・解説執筆)他:Codex食品衛生の一般原則2020-対訳と解説-、公益社団法人日本食品衛生協会(2021)
5) 豊福肇:わかりやすいHACCP改訂版、日経BP社(1998)

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